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水飛沫が光を跳ね返し、宝玉のように輝いていた夏。
『絢子。走っては危ないですよ』
『ごめんなさい、重衡お兄様。余りに嬉しくてつい』
波打ち際、壺装束の裾を絡げ素足で砂に触れる。
ひんやりと冷たく、少し擽ったい。
それは邸から出る機会に乏しい私にとって、初めての経験だった。
小煩い女房もいない。私とお兄様達だけのお忍び。
開放感に嬉しくなり、つい走り、水を蹴り上げ飛沫を作ってははしゃいでいた。
『‥‥‥我等が姫は、余程溺れたいと見える』
『知盛お兄様!溺れたいわけなど‥‥‥きゃぁっ』
突如激しく打ち寄せた波に足を取られた。
傾いだ身体。咄嗟に伸びた二本の腕に引き寄せられる。
『‥‥危ないと言ったでしょう?』
『‥‥‥濡れたいのなら、言え‥‥俺が沈めてやるさ』
片腕ずつ支えてくれる二人の兄。
言葉は正反対なのに、浮かべる渋面は瓜二つ。
笑い出せば叱られ、そして顔を見合わせて笑いあう。
結局、その後も忠告を聞けなかった私は見事に波に攫われ、泳ぐことも知らぬまま溺れかけた。
必死に助けてくれた兄達もずぶ濡れで、物凄く叱られて。
‥‥‥お兄様達は、私の宝物だった。
あれはまだ、恋に気づく前の優しい優しい‥‥‥海の思い出。
もう戻れない、愛しき日。
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