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「お兄様!重衡お兄様!」




自分を探して、この名を呼ぶ澄んだ声音。



「重衡殿、絢子が探しておりますよ」



女人のように流れる髪を掻きあげて、今し方まで立ち話をしていた惟盛が問う。

彼もまた、優しく目を細めて。




「そうですね。あの子が探し疲れてしまう前に、姿を現して来ましょう」

「では、私はお先に中へ」




惟盛の挨拶を背に、声を頼りに足を向ける。



「お兄様ーっ!」

「絢子」




全身に日の光を受け止めて弾む鞠の様に走り来るのは、小さな童女。


十にも満たぬ童髪の絢子を抱き上げた。


視線の高さを合わせれば、林檎の如き頬の紅。




「お兄様!お帰りなさいませ!」

「ただいま戻りました。筒がなく過ごせましたか?絢子姫」




大人と同じ扱いを受けて相好を崩す絢子。



「はい!お兄様も、つ、つがなく‥?すごせましたか?」

「‥‥‥ふふっ。ええ、筒がなく過ごしておりましたよ」




ほんの数歳の差は、けれども子供には大きい。

まだ着裳を済ませぬ絢子と、帯冠の儀を終え大人の仲間入りを済ませた自分と。



「‥‥‥ただ、絢子が側にいなくて、寂しく思いました」







初恋の姫君は、その言葉の意味を知らず無邪気に笑う。

小さな手が、この肩に回されて‥‥‥ぎゅっと抱き付いてきた。
純粋に慕ってくれる小さくも可愛らしい手。

この手を、如何な事からも守りたく思う。





兄妹と言う名の壁。

添い遂げるには最大の関門。



真実を告げるにはまだ早過ぎて。

‥‥‥悩みは胸に尽きぬれど。










桜、ひとひら
番外、この両手で







 
 

  
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