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砂浜の石に水がぶつかり、白い飛沫を上げる。


重衡の指示に従い波の引き際に舟を浮かべた。

冥福を祈る札もなく、歌もなく、それでも幼い頃六波羅で時子がこっそり教えてくれた様に、絢子はそっと手を合わせた。



‥‥‥壇ノ浦の海に眠る知盛。

重衡とは意味が違えど、同じ位に大切だった人。
救うことも、共に逝く事も拒まれてしまった切なさは、もう消えることがないだろう。


彼と、同じく壇ノ浦に散った平家の者の冥福を祈れば、絢子の頬を一筋だけ雫が伝う。

隣で手を合わせる重衡も、じっと眼を伏せて死者に語り掛けている様だった。












「水遊び?」

「ええ」

「‥‥‥帰ります」



笹舟が波に運ばれて、その姿が見えなくなるまで見送った。
暫し感傷に耽る絢子を抱き寄せた重衡の唇から、信じられない言葉が零れる。



ふいと顔を背け、ついでに背を向けようと身を捩ったが、しっかりと抱きしめられたまま。



「‥‥‥お兄様。私が泳げないことをご存知でしょう?」



泳げないのも当然。
絢子は平家の姫君として育ってきたのだ。
そもそも泳ぐ機会などなかったのだから。



「勿論存じております。愛しいお転婆姫が波に攫われた日の事も、しっかりと胸に刻んでますよ」

「あら。忘れてはいらっしゃいませんでしたのね、『銀殿』?」



記憶を失っていたことを揶揄すれば、重衡は苦笑した。



「でしたら、水が苦手なことも‥‥」

「私がこうして抱いてあげましょう‥‥‥‥それとも、私と一緒に入るのは嫌ですか?」



答えを聞かずに、横抱きに抱えたまま波打ち際を進む。
重衡の首に回された腕に力が籠もり、見れば絢子は少し怯えた表情。



腰に浸かる位置まで進み彼女を降ろせば、溺れまいと更にぎゅっと抱き付かれた。

‥‥‥今となっては自分にしか見せぬ、素の絢子の表情に、愛しさが募った。


衣は海水を含み重さを増す、その中で抱き合う。



「お兄様、衣が濡れてしまったではありませんか」

「心配することなどありませんよ。真夏ですから半日も経てば乾くでしょう」

「でも、その間‥‥」



問題は衣が乾くまでの間、何も身に纏う物がないということ。




やはりそこに気づいたか。

重衡は絢子の身体を息苦しくない強さで抱きしめる。
黒髪から漂う甘い香りに、煽られるのを感じた。



「ほんの少し先に、使われていない民家があります。そこで夕刻まで過ごしましょう」

「‥‥お兄様、もしかして初めからこうするつもりで‥‥?」

「さぁ、何のことでしょうか」



泰衡に日が暮れるまでの間、暇を貰ったことも。
‥‥‥海の思い出をひとつ増やしたくて、誘ったことも胸に秘め。


重衡は再び絢子を抱き上げた。








濡れてなりあって








今度は、二人だけの空間に籠もるために。

‥‥‥愛しき娘を独り占めするために。








 
 

  
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