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高館を出て少し歩けば、川の源に辿り着く。
そこから川沿いを下って行けば川湊の側を流れる本流へ。

銀の目的地は川湊でもなく、高館との中間あたり。
詳しい位置など決めていなかったが、川岸に佇む人物を見つければ良かった。

案の定、絢子は川縁の岩に腰掛けていた。



小石を踏む微かな音。そして気配で自分が来ている事など知っている筈。
けれど驚かせたりしないようにそっと声を掛ける。



「‥‥‥お待たせてしまいましたか?」

「いいえ。お待ちするのも楽しいもの」



絢子が穏やかに返す。
その言葉に重衡の眼が愛おしげに揺れた。

ゆっくりと絢子に近づくと、黒い艶やかな髪に触れる。
一瞬で離れた重衡の指先を見遣れば一枚の葉。



「絢子の美しさに魅せられて、この葉も触れたいと思ったのでしょう」

「まぁ。貴方が仰ると、戯れも真に聞こえてしまうのが困りものですね」

「‥‥‥絢子、私は貴女に真実しか口にしないと誓ったでしょう?嘘ではありません。陽に下に立つ貴女は美しく輝いております」



そこで一旦言葉を区切ると、絢子の眼を覗き込んだ。



「‥‥‥ですが私は、夜の私だけが見ることの出来る乱れた絢子が一番好きですよ」

「‥‥お兄様?そのような事ばかり仰ってると帰ります」


じろりとこちらを睨み上げる絢子の頬がほんの少しだけ赤い。


もっと囁いて、愛でたいとは思う。
けれどここで姫の機嫌を損ねてしまっては、楽しみにしていた『でぇと』が反古になる。

重衡が笑いながら謝ると、自分と良く似た紫色の眼が緩んだ。
そのことに内心安堵しながら再び髪に触れようとしたが、その前に彼女の手を視線が捉える。

否、正確には手に持つものに。



「笹の舟ですね。絢子が?」

「ええ、重衡お兄様をお待ちしている間に。丁度大きな笹の葉がありましたから」

「‥‥‥川湊へ向かいましょう。そうすれば兄上に届くでしょうから」



平泉から壇ノ浦は海続きとはいえ、あまりにも遠い。
だからせめて、川でなく海に近い処で流したほうが良いのだ。
笹で舟を作りながら絢子が考えていた事は、知盛や戦死した一族の者達への弔い。



「ありがとうございます、お兄様」

「ふふっ。初めから海に出かけるつもりでしたから」




何も言わずとも重衡が理解してくれたことを嬉しく思った。






  

 
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