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宴の席を離れ人から離れて佇んでいた。
空を見上げれば、星が明るく輝く。
夜ともなればやはり冷えるのは、酒気が薄れて来たからだろうか。
‥‥‥ぱきり、と背後で小枝を踏む小さき音がした。
「‥‥‥重衡お兄様?」
「ああ、絢子でしたか」
勿論、誰の足音か気付いていたが素知らぬ顔で振り返る。
星明かりは、仄かに赤くなった絢子の頬をも照らしていた。
「‥‥‥探させてしまいましたか?」
「‥‥‥‥‥‥」
小さく首を振る。
そのまま絢子は、黙って数歩近付いてきた。
哀しみを宿す、髪飾りと同色の紫玉の瞳。
「‥‥‥‥‥‥絢子」
「お兄様っ‥‥‥」
胸に縋る。そんな強さで抱き付いて来た絢子を、重衡もまた強く抱き締めた。
今の絢子は何処かおかしかった。
少なくとも、宴の前は沈んでなどいなかったというのに。
「何か‥‥‥何が、あったのですか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥絢子?」
答えを言わない。
微かな泣き声すら聞こえない。
それでも絢子が、激しく動揺しているのが分かってしまった。
‥‥‥‥彼女が何に、怯えていたのかも。
「‥‥‥重衡お兄様‥‥絢子は、私は、お兄様をお慕いしております」
「‥‥‥私も。誰よりも貴女を愛してます、絢子」
幾度となく囁き合った愛を、万感の想いを込めて告げる。
少しでも‥‥‥
少しでも自分の言葉に安心すれば良いと、願いながら。
暫く背を撫でてから、絢子の顎をそっと掴んだ。
「‥‥‥何が、あったのですか?」
「‥‥‥‥‥‥っ、」
強情な姫。
重衡はくすりと笑い、柔らかな唇に唇を重ねた。
触れるだけを幾度か繰り返す。
そのうちに、いつしか零れる吐息までも絡めて行った。
何も聞かずとも、重衡には分かる。
絢子は父に告げられたのだろう。
許婚と絢子の婚姻の儀。その日取りを。
幼い頃から見て来た最愛の姫の事なら、何でも分かるのだから。
「‥‥‥恐れる事などありませんよ。私は絢子の手を放しませんから」
耳に唇を寄せて何度も囁いた。
大丈夫だと。
側に居ると。
‥‥‥長く想い続けて、やっと腕に抱いた絢子。
幼子ではなく、一人の女性として抱き締められる今に、別れを告げる事は出来ないのだから。
「共に朽ちるその刻まで、貴女の側に」
そろそろ父に、絢子の事を正式に願い出なければならない。
‥‥‥覚悟などとうについてる。
「‥‥‥絢子」
「?」
頭の上から声を掛けると絢子を抱き上げて、背を幹に預け腰を落とす。
木の根元に座り込んでしまうと、いっそう強く抱き締めた。
「折角似合っているのですから、汚してしまう訳には参りませんね」
「‥‥‥似合って、いますか‥?」
「それはもう‥‥‥思わず見惚れた程に」
‥‥‥愛しています。
声に出さない代わりに唇を重ねて、愛を囁いた。
いつも側に。
ずっと、側に。
どのような運命が
この先に訪れようとも。
この姫を如何な事からも守ってみせる。
幼い頃の誓いを再び繰り返して、絢子を腕に抱く幸せを噛み締めた。
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