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「‥‥‥見事なものだな。のぅ、時子?」


「ええ、こんなに綺麗になられて‥‥‥母は嬉しく思います」


「お父様、お母様も‥‥‥恥ずかしいのでその辺になさって下さい」




重衡達が着いた頃には、平家の主な者が揃っていた。

彼に手を引かれているのは、普段の小袿姿でなく十二単の絢子。



桜花を見立てた色の重ねが相俟って、重たげに裾を引く姿がいじらしい。



‥‥‥父と母が感極まって彼女の手を取るのを、肴を手に重衡は見守っていた。



「‥‥へぇ」



隣では杯を持ったまま、将臣がしきりに感心している。



「‥‥‥将臣殿」


「クッ‥‥‥重盛兄上」


「‥‥‥なんだよ?分かってるって」




右隣の重衡と左の知盛、二人同時に低い声で呼ばれて杯を置く。
それから、降参を示すかのように両手を軽く上げた。



「別に、絢子に色目を使ったりしてねぇだろ?」


「当然ですね」


「当然だ」


「‥‥‥ったく、二人揃って牽制すんなよな」







‥‥‥日に日に、美しく成長してゆく絢子。

そして日に日に、妻問いの話も増えて行く。


既に彼女には清盛が定めた許婚がいるのだが、そのような事にはお構いなしなのだ。




姫君らしからず刀を手にするのを嫌煙するばかりか、
「見事な太刀筋」とか
「あの真っ直ぐなお姿こそが最も美しい」
などと、縁談は引きも切らない。



‥‥‥当の絢子はそんな事実も、求婚者を兄達が密かに脅して回ってる事も知る由もないが。

二人の他に唯一事情を知る将臣は、呆れて言った。



「‥‥‥お前らこの先どうすんだよ?いくら妹可愛さからって言っても限度っつーもんがあるだろ?そのうち絢子結婚しなきゃなんねぇしな」


「‥‥ご心配頂くとは‥‥‥兄上は、随分とお優しい事で」


「その点でしたらご心配要りません。絢子は私が‥‥‥」




最後まで告げる前に殺気を感じた。

それは、自分と良く似た兄から発せられたもの。




共に同じ想いを同じ相手に抱き続けたのだ。
兄が今何を考えているのか‥‥‥良く分かっている。


重衡は内心で笑った。



「‥絢子を、刀を振るうしか頭にない、野蛮な男に託す訳にも参りませんからね」


「‥クッ‥‥‥女と見ては口説く事しか考えぬ男に、の間違いだろう?」


「口説くなど人聞きが悪い‥‥‥私はただ、姫君の不安を取って差し上げているのですから」


「‥‥‥お前の事だと、言ってないが‥?」


「ええ、私の事ではないと分かっております。‥‥‥ですが」



軽口の応酬を心地良く感じている事もまた、事実。



「それがもし私の事でしたら改めて頂かないと、と思いまして」


「‥‥‥‥面白い」



知盛と二人、限り無く本音に近い言葉を落とす。

けれどもはっきりと言えないのは‥‥‥



「おいおい‥‥‥ま、血は繋がってねぇか‥‥でも、あいつには相手がいるだろうが」



将臣がぶつぶつ呟いているのを、何処か遠くから聞いている気分だった。


なにも答えずに、兄をちらりと見る。

柳眉を顰めて‥‥‥彼もまた、沈黙を自らに許していた。





絢子には既に、清盛が定めた許婚がいるのだと。


認めるつもりはなくて。


 


 
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