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「ヒノエくん!?」
「約束どおり、北の果てまで会いに来たよ」
熊野に残り、別当として鎌倉からの使者を出迎えていたと言う、ヒノエ。
彼が平泉に着いたのは、銀と出かけた翌朝だった。
‥‥‥今までならば、こんなに遅くなることはなかったのに。
少なくとも今までならば、ヒノエが平泉入りするのは雪が降り始める直前。
時期が遅い。
彼の身に何かあったのだろうか、そう心配し始めた頃にひょっこり帰ってきたのだから。
聞けば使者がひっきりなしに彼の元へ訪れてきたと言う。
‥‥まるで足止めするかのように。
「鎌倉側はどうも、オレが熊野にいるって事を確かめたいみたいだった」
それは、無視できない言葉。
これまでの時空でヒノエが吐いた事のない、不吉な予感を伴って。
「‥‥やはり、鎌倉は熊野にも圧力をかけてきましたか。熊野の別当家は奥州とも関わりが深いですからね」
「それに加えてあんたが九郎の腹心だからね。鎌倉への九郎一行への追求の厳しさは並大抵じゃないよ」
‥‥‥本当ならば、この後で大社に残る呪詛の種を浄化したのだが。
もう、種は全て浄化した後だった。
とにかく御館に挨拶しに行こうと決まる。
「銀、案内してくれる?」
「はい、神子様のご命令とあらば」
昨日とは打って変わり、今朝高館を訪れた時から無表情になっている銀に、望美は眉を顰める。
あの日、柔らかく笑っていた彼は一体、何処へ消えたと言うのか。
「絢子さんも、良ければ一緒に来てくれませんか?」
「ええ、喜んで」
そして普段と変わりない笑顔の絢子の顔色も、冴えない。
この緊迫した空気が一体何を指すのか。
望美には見当もつかなかった。
「将臣殿!もっと速く!!」
「OK!」
‥‥ほんの少し前は眠りに就いていた身体はもう、しっかり覚醒している。
将臣は手綱を強く引く。
馬は更に加速した。
将臣の世界で言うなら十数分前のことだろうか。
夜中に殺気を感じ飛び起きた将臣は、褥に突き刺さる小太刀を見て絶句した。
「‥‥っ!?」
「お静かに」
「お、おまっ‥!絢子!?」
「おはようございます。確起こし方ですわね、将臣殿」
枕元で刃を引き抜いたのは、絢子。
かつて自分が、義弟の知盛を無理やり起こしてきたのと同じ手口で、彼の妹姫は笑顔で起こしてきた。
「俺は寝起きがいいって知ってるくせに‥‥ったく、何か用か?」
「ええ。理由は後で説明しますから、今すぐ私を伽羅御所へお願い致します。この着物では馬を操れませんから」
ひたむきな彼女に何かあると感じ、何も問わずに厩へ足を忍ばせる。
「見えてきたな」
言葉通り、伽羅御所の建物が見えて来た。
将臣が速度を落として門前にぴたりと馬を止める。
止まり切るのを待たずして、前に居た絢子が将臣の腕を掻い潜った。
「此処でお待ちになってください!」
「あ、待て!お前だけで行かせる訳にいかねぇだろ!!」
「‥‥では、先に入っておりますから!」
どうやって手に入れたのか、先程の小太刀を手にしたまま館の門の中に消えていく。
それを眼で追いながら馬を門前に繋いだ時、中から叫び声がした。
「まだ御所内にいるはずだ!探せ!!」
「はっ!」
「おいおい‥‥あいつ、まさか捕まったんじゃねぇだろうな?って、それはないか」
どうやらただ事ではない雰囲気らしい。
ここは捕まるわけに行かないだろう。
どうにか隠れながら後を追うため、門の脇で身を潜める。
将臣の眼が真剣なものとなったその時、複数の足音がした‥‥‥それも、中ではなく外から。
見れば、物凄い勢いで犬が走って来た。
その後を将臣のよく知る仲間が追っている。
「金だっけ?‥‥‥それに、望美?九郎もか?」
「ええっ!?将臣くん!?何でここにっ!」
「話は後だ」
驚く望美を九郎が嗜めている。
「将臣くん一人?」
「いや、先に絢子が入ってったぜ」
「‥‥‥‥え?」
望美は驚愕に立ち尽くした。
‥‥‥違う。こんな運命なんて自分は知らない。
「‥‥と、とにかく中に入ろう!九郎さん、将臣くんも着いて来て!」
「ああ」
「御館っ!御館は何処にいらっしゃいますかっ!?」
九郎が必死に呼ぶ。
眠れない望美を泣き声で起こし、九郎と二人、伽羅御所に誘ったのは金だった。
――――――それは泰衡が、己の信念の為に対立した父を銀の刃にかける、そんな夜のことだった、と。
思い出せば居ても立ってもいられなくて。
それだけは許してはならないから、伽羅御所まで全力で駆けて来た。
『気をつけて下さい』と、泰衡の父であり平泉を治める秀衡に忠告したのは、今日の昼間。
ヒノエの挨拶の折のこと。
広い御所の再奥に向かい走りながら、間に合いますようにと祈った。
ギィィン!!
金属音が空気を震わす。
「望美こっちだ!」
「だめ!銀っ!!」
望美達が到着した時には時既に遅く――――――
見下ろす泰衡に静かに座す秀衡。
父を殺める意思を持った彼の命を受け、銀の刃が振り降ろされていた、けれど。
「絢子さん‥‥?」
「‥‥‥銀殿の手を汚す事など許しません、泰衡殿」
表情のない銀の、槍を、小太刀で受け止めていたのは黒髪の女。
冷たく感じる憤怒を宿して泰衡を見据えていた。
やさしく生きるということを
教えてくれた貴方のために
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