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「ええ。ですが僕でも、絢子殿ほどはっきりとは分かりませんでした。埋められた細かな場所まで推定出来るとは、大したものでしょう?」

「‥‥知略に長けた軍師殿が褒めてくださるなんて、何やら面映いものですわね」

「そうですか?君は聡明な姫だと常々思っておりましたから。その事を君自身が一番良く知っているとも」

「それこそ買い被りと仰るものではなくて?」



一見お互いを認め合っているようで、根底に薄ら寒いものを感じさせるにこやかな会話。
弁慶から目を背けたまま、将臣はこっそり溜め息を吐いた。

奥州に来てからと言うものの、平家縁の者同士何となく傍にいれば自然と絆は出来る。
今まで過保護だった絢子の兄達が「居ない」からだろうか。

今では彼女の兄だと錯覚してしまう時もあった。

だから将臣はつい、笑顔の弁慶に警戒心を抱いてしまうのだろう。




‥‥決して隠している訳ではないのだ、将臣も敦盛も絢子も。

ただ九郎の手前、絢子が一時とは言え平家の軍師であった事を告げる必要を感じなかっただけ。



弁慶は知っている。



それを九郎達の前でちくりと突いて来るのは、何かしら探りを入れているのでは?



奥州まで連れ立った全員と銀がその場に居ながらも、二人の声だけ聞こえる。
皆、この妙なプレッシャーの中に入るのを拒んでいるかのようだ。



「私はただ、望美さんから怪異のお話を伺った折に思ったままのことを伝えただけです」

「はい、絢子さんのお陰で簡単に見つかって助かりました!つい忘れ‥‥‥あ、なんでもないです!」



あはは、と明るく笑いながら望美は絢子の手を両手で包んだ。



「ありがとう、絢子さん」



絢子はふと優しく微笑む。

その横顔に将臣は見覚えがあった。
彼女が以前、重衡を慕うあまりに戦地に立つと告げた時と酷似している。



「‥‥‥望美さん」





この先の言葉を聞いたのは、おそらく将臣だけ。




 












主の命により、白龍の神子一同を出迎える事になったのは、秋のこと。

あの時散っていた紅葉は、白い小さな雪に変わった。

雪国では、積もり始めると早い。

一面銀世界を踏み出せば、真新しい雪の擦れる音が静寂を破った。


銀が束稲山の麓まで来たのは珍しい。

まだ明けきらぬ早朝の冷たい空気を吸い込めば、心の空疎が埋まる気がして。

泰衡の命は「神子殿の御身を御守りする」こと。


本日は毛越寺に案内すると、神子に約束していた。


ならば高館に向かう前に少しだけ、とやってきたけれど‥‥‥。
 


「絢子様‥‥?」

「‥‥‥銀殿?お早うございます」



先客の絢子は驚いたように銀を見つめる。



「随分お早いお目覚めでございますね。お部屋が冷えて良くお眠りになれませんでしたか?」



彼女が此処に居る可能性を考え口にすれば、小さな微笑で否定を告げられる。




その小さな笑顔に哀しみを見出してしまい、手を差し伸べようとして‥‥銀は踏み止まった。


不意に突き上げた今の衝動に驚きながらも、銀は背を向けた絢子の視線を追う。




天からはらはらと舞う、白きものに。





今朝は少し強い風が、雪を遊ばせるかの如く吹きかける。
一度舞い降りた雪粒が風に乗り、ふわ、と浮く。



「‥‥‥雪を見に参りました」



絢子は上を向いたまま。



「絢子様は雪がお好きでございますか?」

「いいえ」



‥‥‥何故だろう。

漸くこちらを振り返った彼女ならば【是】と答えると、確信していたのは。


否定の言葉が返ってくると思わなかった。そう驚愕するのは、何故。




「雪は、嫌いですわ」

「‥‥‥」

「雪は全てを奪ってしまうもの」

「‥‥‥っ!!」



壊れそうな声が耳に届いた瞬間、銀が突然膝をついた。



「銀殿っ!?どうなさったの!!」



呼吸が儘ならなくなった銀を支えようと、絢子が抱きとめてくれたのを感じる。

温もりと、遠くで呼ぶ声‥‥‥。




「銀殿!‥‥‥‥  様!」




















『ほら、雪!!雪です!』

『ふふっ。  は本当に雪が好きですね』

『はい!雪は  様のように穢れなく美しいのですもの』





『真に美しいのは、私ではなく  だというのに』
























「‥‥さま、‥兄様!!‥お兄様っ!!」



涙を流して、銀の全身を冷やさぬように手で擦ってくる絢子がぼんやりと視界に映る。

のた打ち回りたくなる胸の痛みも、必死で支える彼女に危害を加えぬ為にじっと耐えた。













遠く、想いのどこか遠くで、木霊するのは


誰に向けた愛なのだろう。









それが、意識を閉ざす直前の思考だった。










こんがらがって、僕は、ゆっくり壊されてゆく



 




  
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