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「これは酷い。随分我慢したんですね」



絢子が自ら裾を捲ると、右足の腿の部分に大きな裂傷が現れた。
怪我自体は最近のものではなく、どうやら古い様だ。

だが縫合もせずに放置していたからか、塞がる事無く熱を持ったままの状態。

‥‥‥これであの距離を歩いたのだから、大した根性の持ち主だ。



「美しい女性が身体に傷を残す事を善しとするなんて、感心できませんね」

「久方振りにお会いしたと言うのに随分な仰りようですわね」



幾分きつい声音が間髪を入れず返る。

おや、と弁慶は目を見張った。



「君が覚えていてくれたなんて、意外だな」

「当然でしょう?‥‥‥お変わりありませんわね、弁慶殿」

「ふふっ、君は驚く程綺麗になりましたね‥‥‥あまりに綺麗になられたんで、最初は気付きませんでしたよ」

「まぁ、ご冗談を」



ふわりと笑う絢子は、本当に美しく成長していた。



確かに昔、弁慶が薬師として、そして棟梁の清盛の話し相手として平家に居たことがあった。
勿論、絢子にも会っている。
が、それは彼女がまだ幼い少女だった頃に、ほんの一度きりなのだ。



「‥‥‥忘れるはずありませんわ、武蔵坊弁慶殿」

「そうですか。それは光栄ですね」



軽い口調の裏に潜められた絢子の本意に気付かない振りをして、弁慶は微笑んだ。
絢子もそれ以上語る事なく、ただ静かに微笑する。







その後、絢子の足が悪化する事もなく奥州に着いたのは、紛れもなく彼のお陰だった。



 








 



秋の早朝は冷える。




「あら‥‥‥おはようございます、絢子殿」


「おはようございます、朔殿‥‥‥眠れませんでしたの?」


「ええ‥‥‥」



高館と呼ばれる家に通されて一夜。

久し振りに野宿から解放され褥に就いたものの、朔は眠れなかった様だ。
彼女の兄はあの梶原平三景時なのだ。
心痛で眠れないのも致し方ない。


それに、と絢子は朔をじっと見詰めた。



‥‥‥兄を、大切な人を案じる心なら痛い程分かる。



ただ、今の自分の言葉が、彼女にはあまりにも遠いのも事実。



「まだ誰方も起きませんわ。もう少し‥‥‥横になるだけでも」


「ええ、ありがとう」



それ以上何も言うべきではない、そう判断して絢子はそっと笑み、高館を後にした。























奥州の秋はまさに、黄金の都と呼びたくなる程。

美しくあり、かつ壮大な地であった。




一歩

足を踏む大地に、散った紅葉が音を立てる。




「‥‥‥とうとう来てしまった」



空を見上げ一人呟く。




奥州になど来たくはなかったのに。


でも


ここに来なければならなかった。





「どうして、連れて下さらなかったの‥‥‥知盛お兄様」



漏らした苦しみが、風に乗って行けばいいのに。















秀衡の命を受けた銀が、高館に向かう。

二つ程先の辻を曲がれば門という所で、彼は足を止めた。



女が一人佇んでいた。
空を見上げ、まるで空に祈る様に願う様に。


早朝の平泉は静かで、この様な場所に女が一人では目立つ。



「絢子様、おはようございます」

「‥‥‥銀殿。おはようございます。高館に御用かしら?」

「はい。御館が神子様にお会いしたいとの仰せでございます。御館とは」

「奥州藤原家の御当主、秀衡様の事でございましょう?」

「‥‥‥はい」



澱みなく御館の名を告げる絢子に、銀は感心した。

彼女を見ると、視線に気付き顔を上げる。


眼が合ったのは一瞬。



「では、私はこれで」



視線を振り切る様に、優雅な動作で頭を下げる。
そして顔を上げた銀は、そのまま高館の方へ歩き出した。








「‥‥‥諦めが悪いのは、承知の上のこと」



決然とした足取りで去って行く背中を、絢子は見送った。





‥‥‥自分はこれからもっと苦しくなる。



そうと分かって尚、ここに来てしまったのは

捨て切れぬ想いを抱き締めているから。










こんな空を見上げても、なんにもないって分かってる。



 
 

  
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