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「きっと会えると思っていました、重衡さん」
「神子様、失礼ながら別の方とお間違えではないのでしょうか。私の名は重衡ではございません。私は奥州郎党の一人でございます」
「そう‥‥‥」
表情も変えず返してくる重衡に、望美はやはり、と肩を落とした。
やっぱり覚えていなかった。
吉野から厳島には、龍穴と呼ばれる洞窟がいくつも通ってるという。
追っ手の眼から一旦避難する為、銀と名乗った青年に案内されて着いたのは、入り口は狭く夜闇では見付かりにくく、且つ中は余裕のある空間の洞窟だった。
‥‥では。と、一礼をし洞窟を出ようとする銀に望美が行方を尋ねると、表の様子を窺ってくると言う。
「‥‥そうですね。では、宜しくお願いします。銀殿」
若干戸惑い気味の望美や九郎を余所に、弁慶があっさりと銀に見張りを頼んだ。
彼が鎌倉の手の者か否か。
信じるべきか否かを、決めるために。
「大丈夫、信じられると思います。朝まで待ちましょう。そうすればきっと、あの人が帰ってくるから」
弁慶に、そして皆に聞こえるように決然と望美が言えば、果たせるかなそれが決定となった。
‥‥‥信じられるのだ、銀は。
今度こそ、彼を救うために望美は時空を越えてきたのだ。
今ここで、彼を信じる選択をするのは当然のこと。
銀が帰還を約束した、空が白むまではまだ時間がある。
それまではそれぞれが休息を取る事にした。
「‥‥‥絢子」
「敦盛、どうかして?」
「‥‥‥いや」
敦盛の眼に映る絢子はもう、平静を取り戻して見えた。
先程見せた動揺が嘘の様に。
気遣わし気に声を掛ける敦盛は、すっかり以前の呼び方に戻っている。
絢子も別段指摘する訳でもなく、ただ静かに笑った。
まだ皆の中には居辛いのか。
彼らから離れた隅に、絢子と将臣が肩を並べて座っていた。
離れたとは言え敦盛は同じ一門の者。
そして絢子とは歳も近く、幼少の頃から共に遊んだ仲。
だからなのか、互いが互いを見る眼は、他の者に向けるそれより幾分優しい。
‥‥‥自分より敦盛の傍に居たほうが、絢子も安らぐのではないか。
そう思い立ち上がろうとした将臣を止めたのは、当の絢子だった。
「お気遣いは結構です、将臣殿‥‥‥いえ、『重盛お兄様』?」
「‥‥‥お前な」
悪戯っぽく煌く眼に、将臣は溜め息を吐いた。
突然現れた重衡そっくりの、けれど銀と名乗る青年の存在が、どれ程彼女に衝撃を与えたか。
ここに至るまでの経緯を考えると、いつ命を絶ってもおかしくない。
‥そう思い心配していたのに。
まぁ、無理にでも気を張っているんだろうけどな。
隣を見ると、絢子とよく似た菫色の双眸の少年が、将臣と同じように安堵の息を漏らしていた。
「知盛お兄様は、もう還らないのですね?」
隙を突いての一言は絢子から。
すぐに、それが問い掛けではなく確認だと気付いた。
「ああ。あいつはもう帰ってこねぇ」
「‥‥‥‥‥‥知盛殿の最期は潔かった」
「おい、敦盛!!」
こんな状態の絢子に、敬愛していた兄の最期など言うべきではないのに。
いつもの控えめな彼らしくない気がして、将臣が声を荒げた。
けれど少年はじっと絢子を見つめたまま。
「将臣殿、良いのです‥‥‥敦盛、一番聞きたいと願っていたことを教えてくれてありがとう」
「‥‥‥いや。絢子が望むならば、幾らでも」
笑う彼女の切り揃えた髪が、肩で揺れた。
ほんの少し前までは、たおやかで見事なまでに美しい長い髪をしていたのに。
惜し気もなく切った絢子。
それが秘めた激情を現しているように、思えた。
「鎌倉方は、街道筋に目を光らせているようです」
約束通り、朝を迎える頃に戻ってきた青年。
彼は鎌倉の者ではなく、真実奥州は藤原泰衡の郎党だと判断した一行は、彼の勧めで伊勢を迂回する道を選んだ。
秋も深まった今、日が暮れるのは早い。
吉野から伊勢、倶利伽羅を通るのは随分と遠回りだったが、幸いなことに追っ手には出会わずに済んだ。
「‥‥‥お疲れでございますか」
「あ‥‥‥」
わざわざ一行の最後尾を選んで歩んでいた絢子は、突然振ってきた声に肩を強張らせた。
‥‥‥「彼」が近づく気配に気付かなかった。
この方の気配に気付かぬのならば、自分の現状はかなりな処まで来ているのね。
絢子は冷静に自己を判断した。
そして心配掛けぬ様に微笑って見せる。
「お気遣い痛み入りますわ、銀殿」
短く答えれば、「ですが」と言い淀む青年。
眼差しが、ふと細められた。
「差し出がましいとは存じますが、絢子様はお怪我をなされていらっしゃるのでは?」
「‥‥‥いえ」
‥‥‥‥‥‥‥お願い、どうか。
「どうやらその様ですね。絢子殿、あちらの木陰へ。足の怪我を見せてくれませんか」
「‥‥‥分かりました、弁慶殿」
頃合を見計らったかのような彼の一言が有り難い。
肩を竦めて弁慶に付いて行く華奢な絢子の背中を、望美は見つめた。
「‥‥絢子さんが怪我してるのなんか、分からなかった」
「まぁ、あいつだから。な、敦盛」
「ああ。私が平家に居た頃も、絢子殿はいつも笑っていた。彼女が真に安らげたのは‥‥‥」
言いかけた敦盛が慌てて口を閉ざす。
そしてそんな彼に、将臣が咎めるように視線を向けたのを見て、望美は首を傾げた。
「望美、絢子殿と弁慶さんが戻ってくるまで、私達も休憩しましょう」
丁度頃よく、朔が声を掛けた。
「うん、銀も行こう‥‥‥‥銀?」
「‥‥‥はい、神子様」
望美に再び声を掛けられるまで、ただ一点に眼を向けていた「彼」。
やはり銀は「彼」なのだ。
確信を持つ一方で、敦盛に疑問が生じる。
「彼」の身に一体何があったのだろうか。
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