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松戸に行く事を急遽取りやめたのは、絢子の発言が的を得ていると分かったから。
確かに景時は一時、京にいなかった時期がある。
それも丁度、彼女の情報と符号する。
「何を言っている!景時が、兄上が前からなどっ!!‥‥‥そんな事がある訳がない!!」
「落ち着きなさい、九郎」
九郎が激怒するのを押さえたのはリズヴァーン。
怒りを一瞬で静めた地の玄武に、弁慶は感謝の眼差しを送る。
彼女の言い分にどうやら嘘はなさそうだ。
様々な角度から検討し納得すると、弁慶はヒノエを見た。
無言の視線を感じて、赤髪の少年は溜め息を吐く。
「取り敢えず、熊野に上陸するしかないかな。面倒を熊野に持ち込みたくなかったけど、そうも言ってられないし」
「でも、熊野は京に近過ぎるのではないかしら」
不安そうな朔に、弁慶はにっこりと笑った。
「熊野には上陸するだけですよ。陸路を経て、奥州の平泉に行きましょう。今、鎌倉殿に対抗出来るのは、平泉をおいて他にないでしょう」
「おい、あんたまさか‥‥」
「ええ。実は鎌倉殿の動きが気になって、平泉には内々に話は付けてあります。熊野には平泉の商人も来ておりますから」
「あんた自身、熊野と縁を切っていたと思っていたけどね。こういう時だけ利用するから、油断ならねぇぜ」
抜かりなく笑う弁慶に、ヒノエは心底嫌な顔をした。
熊野には無事に着いた。
紅葉が美しく、自然の濃い地。
街道に散った紅葉や銀杏を踏むと、かさかさ音がする。
望美は少し前‥‥‥将臣の隣を歩く女の腕をそっと掴んだ。
「‥‥‥あのっ、絢子さん」
「はい、何でしょう」
呼び掛けると首を傾げて微笑む。
たおやかなその様はまるで絵巻物で見た、貴族の姫君そのもの。
なのに、なぜ?
望美は不思議に思う。
どうしてそんなに哀しい眼で、私を見るのかな。
絢子はちらりと将臣を見ると、彼は小さく頷き「先に行ってるぜ」と歩き出した。
「‥‥‥‥‥‥望美さん?」
「あ‥‥‥あのっ、私達の事情に絢子さんを巻込んですみません」
「え?」
本来ならこうして、自分達と旅することもなかったはずなのに。
‥‥‥いや、源氏に追われ逃げている平家の、御座船にいても同じ事だろうけど。
それでも、彼女の肉親や馴染みの人達と共に、新天地に向かった筈なのに。
その想いが伝わったのか、絢子は眼を緩ませた。
「望美さん、どうかお気になさらないで‥‥」
望美の眼が不安の色を宿すのを、絢子は眩しいものを見るように眼を細めた。
そのまま二人、止まり掛けた足を小走りに。
一行の最終尾に追いつくと速度を落とす。
『‥‥‥私にはもう、この道しか残されてはいない』
そう聞こえたのは、幻聴なのか。
絢子の顔を窺い見るも、穏やかな表情からは何も読み取れなかった。
高野山でヒノエと別れた。
途中、一行を探している源氏の後家人達に呼び止められる。
だが、弁慶の巧みな話術でもって何とか切り抜けた。
「良かったですね」
「‥‥‥‥だったら良いのですが」
譲がほっとして本音を漏らす横で、弁慶は浮かない表情だった。
紀ノ川の地から、蝦夷‥‥‥つまり北海道へ抜ける道を辿る事に決めた。
吉野の里付近に着いたのはつい先刻の事。
獣道を里人に教えて貰い、安心していたのだが‥‥‥。
「九郎だ!九郎義経がいるぞ」
だが運が悪い事に、追手に見つかった。
「‥‥‥取り敢えず、逃げるぞ」
将臣の号令で一斉に走り出す。
「‥‥駄目だ、先に待ち伏せされている様だ」
「本当ですか、先生?ならどうすれば‥‥‥」
―――静かに瞑目し、気配を伺うリズヴァーンを。
―――次に取るべき行動を冷静に考える弁慶を。皆を。
絢子は少し離れて、見詰めていた。
「確かここだったはず‥‥‥」
確信に満ちた少女の声がする。
つい、と視線を動かせば、少女は待ち人を恋しがるような表情を浮かべていた。
その焦がれるような望美の眼差しに、絢子の胸が痛む。
流れて行った時間は僅かなのか、長いものか。
それすらも、分からなかった。
いつしか、空は薄闇に包まれていた。
‥‥‥かさり、と。
絢子の背後で踏み締められる、落ち葉の音。
「‥‥‥っ」
「誰だっ!?」
一斉に振り返る一行の視線を浴びて、平然と受け流すのは
銀色の髪の青年
「‥‥‥おい、嘘だろ‥」
「‥‥‥‥‥まさか、貴方が‥‥‥」
将臣と敦盛が驚愕の声を漏らすのを、絢子は聞いていた。
‥‥‥否、聞かずとも知っていた。
優しい面立ちはそのままに。
凪いだ眼には何も映さず。
銀色の髪に紫の眼をした青年は、見慣れない服装をしていた。
彼は驚愕と不振な視線をものともせずに、一人の少女の元へ真直ぐに歩く。
「‥‥‥お探ししておりました。白龍の神子様」
望美の前に膝を着き、恭しく頭を垂れたのは。
紛う事もない
絢子が愛した人、そのものだった。
敦盛が気遣う様に絢子を見る。
「‥‥‥‥‥‥これが、答えなの‥‥‥」
震える呟きが何を意味するのか。
敦盛には、分からなかった。
もう一度、逢いたかった
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