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「‥‥‥九郎義経。そこもとの罪状を以下に述べる」



将臣の目の前に広がる光景は、信じ難いものだった。




早船を全速で滑らし、頼朝の乗る船を襲撃する。



だが直に頼朝の下に駆けつけた人物を見て、まさかと思った。
予感はしていたが、外れて欲しいと密かに願っていたもの。
残酷なほどに現実となって現れる。


幼馴染が源氏の神子で、
気が合う仲間だった男が、かの有名な「源九郎義経」

‥‥‥平家を守る為に、倒さねばならぬ敵として。












だが、それすらも吹き飛ばしてしまうほどの驚愕が、この場を占めていた。





「‥‥‥以上のことから、九郎義経に鎌倉への叛意あること、明らかである」

「景時、嘘だろ‥‥‥嘘だといってくれ」




余人が誰も口を開かないこの場で、九郎の悲痛な声が空滑りのように響く。





「兄上!!兄上は俺に叛意があると本気でお考えなのですか‥‥‥?」






あろうことか頼朝は景時に命じ、九郎を殺害せんとしていた。


九郎に叛意などない事は、短い付き合いの将臣にでも分かる。


たった今、味方だと信じていた景時が連々と読み上げた、九郎に対しての罪状。
この実直な男にそんな器用な真似など出来る訳がない。



要は、これからの頼朝にとって九郎は不要だということだろう。
無類の戦上手として、平家の間にも九郎義経の名は轟いている。
このまま生かしておくことは、いずれ源氏にとって脅威と成り得る。

ならば今のうち。「正当な罪状」の基に、命を摘む。
それが頼朝の考えであるということは、この場に居る殆どの者は感じ取っている筈だ。





「弟の命より、てめぇのメンツを優先させるのか、頼朝。あんたのやり方、気にくわねぇな」

「‥‥‥これが将たる者のあり方。違うか?還内府」





頼朝が、笑う。








「景時、終わらせよ」

「‥‥‥‥御意」



銃口が九郎に向けられる。


呆然と涙を流す九郎に対し、頼朝は穏やかとさえ言える無表情。

















「‥‥今だ!!頼朝っ―――!!終わりだ!」










一瞬の隙を突いた将臣の剣は、向けた相手に届く一歩前で弾かれた。




「結界か」

「結界だろうが、ここで、頼朝を逃がすわけにはいくか!」



リズヴァーンの低い呟きを聞き入れるも、再び大剣を構えた将臣。

緊迫の瞬間を、源氏の御家人衆の声が裂いた。




「軍奉行殿が、鎌倉殿をお守りくださっておる」

「今ならば、鎌倉殿に矢が当たる心配はないぞ!弓を構えい!」




舌打ちを堪えて剣を下げ、将臣は辺りに素早く眼を配らせた。
呆然としたままの九郎。
同じように驚いた様子の望美や譲。


ふと、赤髪の少年と眼が合う。



「どうも風向きがまずいね。ぐずぐずしてる暇はない‥‥‥かな」



将臣が知る軟派な彼とは違い、冷静に局を読む理知な眼。
その紅が、高揚した将臣のテンションを正常に戻してくれた。


だが、まだ戸惑う九郎や望美達は、景時を信じがたい思いで見ている。


その景時の鎖骨に埋まっていた宝玉が、音を立てて外れた。
それは彼自身の意思で、八葉の役目から解き放たれたということを意味する。


袂は分かたれた。
ここに居れば、九郎だけでなく彼ら全員の命が散るだろう。



‥‥‥仕方ない。
将臣は短く息を吐くと、叫んだ。




「退くぞ!!望美、九郎!!」



この二人に他の皆も従うということは、短い「仲間」としての期間で分かっている。
だから将臣は二人の名を呼んだ。




「退く‥‥‥?俺が‥‥‥兄上から‥‥平家といっしょに‥‥‥?」

「悩むのは後にしろ。今はここから離脱するしかねぇだろ。ここで殺されたくなかったら手を貸せ。血路を開く」




まだ茫洋とした九郎の背後に、源氏の兵の刃が閃く。
だが、その切っ先は九郎に届く事無く、代わりに悶絶の声を上げ倒れたのは兵士のほうだった。




「グアッ―――」



倒れた兵士の後ろ、シャムシールを構え直したのは九郎の剣の師たるリズヴァーン。


「早く船を移りなさい。御家人が迫っている。彼らは私に任せなさい」








将臣が乗ってきた早船に、生き残った一行
‥‥‥今や景時が抜けた八葉と二人の神子、そして白龍が乗ったことを確認する。




「よし、船を出せっ!離脱するぞ!」




将臣の声が、大きく響く。


切羽詰った彼らとは対照的なほど青い、空に。





  

 
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