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懐かしい六波羅の、邸の庭は広大だった。
どうしても一人になりたくて、一番奥の人目に付かぬ場所で私は座り込んだまま。
‥‥‥ああ、これは二年ほど時を遡った私。
まだ少女だった頃の。
この日の様に辛い事があれば、いつも一人になりたがっていた。
今頃、女房達が必死で探し回っているであろう事は、
痛む心で嫌と言うほど分かっている。
申し訳ないと思いながら、
それでも隠れずにはおれぬ程の、辛き事。
この時私を見付け出してくれたのは。
『‥‥‥ここにおりましたか、絢子』
『あ‥‥‥』
『我等が姫は、隠れ鬼が得意ですね』
『‥‥‥重衡お兄様』
誰よりも敬愛するお兄様。
『どうして‥‥』
此処をお分かりになられたの?
と問えば、一対の紫玉が緩む。
私を見る眼はいつも暖かく‥‥‥‥‥‥守られている、と安心できる居場所。
『他ならぬ絢子の事ですから』
重衡お兄様が右手を、差し出されたまま微笑む。
いつもの如く優しい仕草なのに、
その優しき手に頬を寄せたいと願った。
伏せてきた想いに気付いた時から、ずっと。
『‥‥‥‥‥‥お兄様、絢子を』
願いを口にすれば、驚愕に眼を見張る。
『絢子、それはっ!!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥絢子?』
恐らく否定なさるつもりだったのだろう。
けれど、言葉が消え、代わりに私の名を呟く重衡お兄様。
それは私の涙に気付いてしまったから。
‥‥‥私は卑怯。
お兄様の手に掴まり立ち上がると、そのまま抱きつく。
その動作自体に不自然はない。
いつも、いつだって。
私達はこうして抱き締めあってきたのだもの。
変わってしまったのは、心。
気付いてしまった愛しさの正体。
『重衡お兄様‥‥‥』
胸が、苦しくて仕方ない。
この高鳴りに、気付かれても構わない。
いっそ気付いて欲しい。
恥じる事も無いほどの、深い想いだから。
『絢子‥‥‥私の愛しい姫』
息も出来ぬ程に強くきつく。
私はお兄様に抱き締められた。
‥‥‥きっと私は、卑怯で狡い。
お兄様が、私の願いを拒否しないと
知っているもの。
この先に待つものが祝福でないと知りながら、それでも。
桜、ひとひら
第二話、戦うものの定めといえど
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