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第六章:ずっと、このまま

 
 





「たぁっ!!」

「‥‥‥くっ!」



空気を切る鋭い音と気合いの入った九郎の声と共に、上段から振り下ろされる九郎の木刀。
それは正確に望美の手元を打った。

からん、と足元に彼女が手にしていた木刀が転がる。



「‥‥‥はぁっ‥‥参り、ました‥‥」

「いい太刀筋だった、九郎」

「ありがとうございます!」



長時間の打ち込みの疲れがどっと来て、望美は座り込んだ。
リズヴァーンが褒めると嬉しそうに笑い、九郎は望美に向き直った。


そして、望美に手を差し延べた。



「立てるか?」

「‥‥‥‥‥‥‥えっ」

「‥‥‥?」

「あ、いえ‥‥‥」



九郎の手を、望美は掴む。

ぐっ、と引き上げて彼女を立たせて‥‥‥ふと気付く。




ゆきとは違うその手は細長く、
ゆきの手よりもずっと「女」を感じさせるものだった。





「うっ‥‥!!す、すまない!!」

「あ、はい!」



咄嗟に手を振りほどき、そして自らの行動に驚いた。
勢い良く望美に謝る。
真っ赤な顔で望美が頷くと、九郎の頬も赤くなった。


一瞬だけ繋いだ手を、胸元で反対のそれで包み込む望美は、薫る様な女の空気を漂わせていて‥‥‥




望美と、眼を合わせられないでいた。
















「兄上、お帰りなさい!リズ先生と望美ちゃんならとっくに帰って来てるよ」

「ああ、六条の邸に戻っていたからな‥‥‥そう言えばゆき、今日は早起きだな」



普段なら九郎が早朝の鍛練から帰って来ても、まだ夢の中にいる事が多いのに。



「あ、酷い。たまには早起きだってするんだよ」

「そうか」



九郎は笑いながらいつもそうしている様に、
ゆきの頭を撫でる。


「‥‥‥」


ゆきの小さな微笑。


「‥‥‥‥‥‥?」

「兄上。私、有川くんに呼ばれてたんだ!先に行ってるね」

「‥‥‥あ、おい!‥‥‥‥‥‥なんだ?」


いつもと違う気がした。

何処が違う、と問われても答えられないのだが。


些細な違和感。だが気のせいだろう、と結論付けて九郎の足もゆきの後に続いた。


















最近、京邸の人口が増えたと、朝食を摂りながらゆきは思う。
望美と譲、白龍、ヒノエ、リズヴァーン。

そして以前から居た自分と朔と景時、九郎と弁慶。


人数が増えれば当然食事の用意が大変になる筈で、朔やゆきの負担も重くなるのだが、譲と言う主婦的存在のお陰でむしろ負担が減った。

何しろ手際が良い。そして、譲の料理はどれを食べても感動するくらい美味しくて‥‥‥そして懐かしい。


「元宮。俺の顔に何かついてる?」

「う、ううん。懐かしいなあって思って。有川くんのお弁当によく入ってたでしょ、これ」



箸で卵焼きを摘むと、正面に座る譲も懐かしさに眼を細めた。


「へぇ。姫君の世界では弁当にも入っているんだね」

「そうなんだよ。他にも唐揚げとかウィンナーとか‥‥‥」

「うぃんな?ってなんだい?」



ヒノエが尋ね、望美が聞き慣れない単語を並べる。
えっとね、と説明をし始める望美を尻目に、九郎はゆきに話し掛けた。


「ゆき、箸で迷うな。行儀が悪いぞ」

「だって卵焼き食べちゃったから‥‥‥次何食べようかと。最後に置いとくべきだったなあ」



は〜、と溜め息を吐いてまで残念そうな様子のゆきに、九郎は破顔した。



「仕方ない。俺の分をやろう」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「ん?どうした?食わないのか?」

「‥‥‥九郎さん」

「なんだ、望美?」

「ゆきちゃんが恥ずかしそうですよ」



隣を見ると、確かにゆきは真っ赤な顔をしていた。



「ゆき?」

「さ、さすがに皆の前では‥‥‥恥ずかしいかも」

「そうなのか?ではここに置いておくが」



九郎はゆきに食べさせようと箸で摘んだ卵焼きを、彼女の膳に乗せた。

ありがと、と笑うゆきはやっぱり顔が赤くて。


(‥‥‥‥‥‥‥‥‥?)


今まで、そう望美達が京邸に来るまでは、互いに食べさせる事は珍しくもなかったのに。
もっとも、最初は九郎の方が照れていた位なのだ。

それをゆきが「兄上‥‥‥嫌ですか?」と泣きそうな顔をするから、諦めて「はいあ〜ん」をするようになって。
もうすっかり馴れたと言うのに、今になって照れているゆき。


九郎は不思議なものを見るように、赤らむ頬をまじまじと見ていた。

そんな二人に眼を止めた景時が、ふと思い出して九郎に話し掛ける。



「あ、九郎。そう言えば今晩からこっちに来れないんだよね〜?」

「‥‥‥ああ、そうだな。忘れる所だったが、今日から雨乞いの儀の準備に追われるからな」

「雨乞いの儀ですか?舞で雨を降らせるように祈願する事ですよね」

「ええ、そうですよ譲くん。今年は鎌倉殿の名代として、九郎が取り仕切る事になりましたから」

「ああ、暫くこっちには来れないだろうな」



そう言って、九郎は何となく、本当に不意にゆきを見た。
さっきからの違和感が気になっていたからだろう。



「‥‥‥寂しいのか?」

「っ!!‥‥‥ぶっ!ごほごほっ!!」



ゆきに問い掛けると、思い切りむせる。
ゴホゴホと咳込みながら涙を拭うと、やがて笑い出した。



「あ‥‥‥あはは!寂しいよ!うん、兄上!!‥‥‥あはははは!」

「‥‥‥‥‥‥」



‥‥‥本当にこいつは大丈夫なのだろうか?

何か、悪いものでも食べたのかも知れない。
九郎は本気で心配になった。




















ゆきが早起きした理由。

それは、早朝に朔に起こされたから。



「朝早くに呼び出してごめんなさいね」

「ううん〜いいけど‥‥‥寝むい」



半分無理矢理引きずられて連行された部屋には、弁慶と景時がいた。



「朝早くにごめんね〜」

「‥‥‥いいえぇ‥ふわ‥‥‥」

「すみません、ゆきさん」



心底申し訳なさそうな景時と弁慶が、早起きさせた事を謝りながら告げられた内容に、ゆきはすっかり眼が覚めた。



 

  
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