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「‥‥‥あ、兄上。もう帰らなきゃ」
ゆきらしいと言えばゆきらしいが、この場でこの科白はないだろう、と思う。
お前には今の体勢の意味が分かっていないのか?
確かに今迄も兄妹として、こいつには随分と触れて来た。
だが、今は明らかに違うだろう?
俺は抱き上げたまま腕の中に閉じ込めているゆきの、涙が乾き切っていない眼を見た。
まぁ、そんな鈍い所も、何だ‥‥‥可愛い、と思う俺はどうかしているかも知れないがな。
「何処に帰るんだ、ゆき?」
「どこって‥‥‥?」
「京は遠いぞ?‥‥‥まさか継信のいる邸に戻る気か?」
言葉にしてから、しまったと思った。
先程見た光景が浮かぶ。
継信に抱擁されたゆき。
他の男の腕の中にいた、ゆき。
‥‥‥途端に溢れ出す醜い感情。
腕の中ゆきは「ええっと‥‥‥」と戸惑う様に眼を逸らす。
気まずいのだろう。
その動作が、尚更煽るとも知らずに。
「ゆき」
名を呼べば弾かれた様に顔を上げるゆきの、唇を被った。
「んんっ」
小さく漏らしたゆきの声に、頭が痺れそうになる。
もっと、もっと聞かせてくれ。
お前の、声を。
いつの間にか、口接けに没頭していた俺は、ゆきの息が荒くなった事に気付いて顔を話した。
頬が赤く、潤んだ眼。
唇が誘う様に色付く。
‥‥‥本能がお前を求める。
「継信の邸に泊まるのか?」
もう一度問うと、「ううん」と首を振った。
「なら仕方ないな、宿に泊まろうか―――二人で?」
まさか、この意味が分からない訳はないだろう。
今まで安心とぬくもりを得る為にゆきに触れていたのが嘘のように、身体が熱くなっていた。
好きだと気付いたからだろう。
ゆきにもっと触れたい。
「‥‥‥‥‥‥‥む」
「む?」
「無理‥‥‥」
「なっ‥‥‥!?」
ゆきの唇が漏らした拒絶に、一瞬傷付いたが。
「これ以上は心臓が壊れるから無理‥‥‥」
と、また泣きそうな顔で見上げて来るから‥‥‥溜め息が出た。
こいつに一歩踏み込む覚悟が出来るまで俺は待てるのか?
果てしなく拷問に近い。
「‥‥‥あの、ね」
「どうしたんだ?」
憮然としてしまった俺の態度に、どうやら驚かせたようだ。
ゆきは眼を見張って、そして唇を重ねて来た。
柔らかく触れてすぐ、肩口に顔を埋める。
「しいたけ」
「‥‥‥は?」
「兄上がきらいな椎茸三個食べたら、いいよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「あ、兄上と泊まっても」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
覗き込んだゆきの顔は夕日よりも赤く、俺も釣られて赤くなった。
その晩泊まった宿で椎茸を食べたかどうかは‥‥‥
き、聞くな馬鹿!!
終わり(笑)
20071127配信
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