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第四章:君という光
 





望美達が京にやってきて一月程が経った。



いつの間にか雪は溶ける。
雪の終わりと共に、代わりに桜の季節。



この日、師匠の元で陰陽師の修行に赴いたゆきは、帰り道に神泉苑の前を通った。








眼を上げれば、はらはらと舞い散る桜の花片。


ゆきは懐かしさに眼を細めた。



(確か去年の今頃、兄上が花断ちを見せてくれたなあ)


‥‥‥この、場所で。



ゆきは空を見上げる。

この世界で大好きな人と出会えた事。
感謝の気持ちが伝わる様に。



春も、夏も、秋も、冬も。

ずっとずっと一緒に居られた事を、感謝して。







ひらひら桜色と、
きらきら青空の、下で。
















土御門邸から戻ったゆきは、異様に張り詰めた空気にびくっとした。


(な、何なの?)


ゆきは朝帰りがバレないように足音を潜める娘の心境で、邸の廊下を歩く。



(いや、どっちかって言ったら‘芸能人寝起きチェック’みたいな感じ?)


と、どうでも良い事を考えていた。



その時、




「そこかぁっ!!」

「ひぇぇぇえ!!」




誰だって、目の前に剣が飛んで来て壁に刺さればびっくりする。



「‥‥‥あれ?ゆきちゃんだったんだ?てっきり泥棒かと思ったよ」

「‥‥‥いや、泥棒相手にでも剣は投げちゃダメだよ‥‥‥」



すっかり腰を抜かしたゆきに、望美は手を差し延べる。


「ごめんね、ゆきちゃん」


でもその顔は何処か不機嫌で。


「‥‥‥望美ちゃん、何かあったの?」



ゆきは尋ねた。

















「‥‥‥花断ち?」

「ゆきちゃんは知ってるんだ?」

「ああ、うん。去年兄上が見せてくれたからね」



白龍の神子である望美は、怨霊を唯一封印出来る存在。

怨霊を生み出す平家に対抗出来る‥‥‥有利な存在だから。

それを知るからこそ、望美達が戦に同行することを申し出た時、弁慶は諸手を上げて迎えたのだが。



「兄上は融通が利かないと言うか、頑固だからなあ」



『女子供を戦に連れて行く訳にいかん!!』と、首を縦に振らない九郎を認めさせる為に、彼の出した条件をこなさなければならない。

それが、花断ち。




「‥‥‥ゆきちゃんでもそう思うんだ?」

「そりゃあ思うよ。てゆうか私『でも』って何?」

「だって九郎さん、ゆきちゃんには優しいから」

「でも、小姑で困るんだよ」



と、ちっとも困ってないような優しい微笑を浮かべて言うゆきに、望美は尋ねた。



「ゆきちゃんは九郎さんのことを好きなんだ?」



そして、ゆきの眼をじっと見つめる。



「うん。頑固だし、融通きかないし戦馬鹿で柿好きだけど、優しいからね。大好きだよ」


にこやかに笑うゆきに、「それはゆきちゃんだけだよ」と望美は呟いた。



「あ、そうだ!そろそろ神泉苑に行かなきゃならないんだった!!‥‥‥ゆきちゃんも来る?」

「うん、行くよ」



立ち上がった望美の後に続くべくゆきも立ち上がる。

その時漏れた、小さな呟き。








「私も、九郎さんのこと‥‥‥」

「え?」

「ううん、何でもないよ!行こう」

「‥‥うん」

















ゆきの周りで何かが変わる。

そんな不安を感じた。















神泉苑に着いた望美達。
既に九郎と弁慶は来ていた。



「遅い!」

「まぁまぁ、九郎。彼女達も色々と支度があるんでしょうから」


憮然とした九郎を弁慶が宥めながら、眼で望美に合図する。



「望美さん」

「はい。じゃあ、見てて下さい」




漂う緊張感。




けれども望美は気負うこともなく、ただ静かに眼を瞑る。





そして静寂。





やがて望美は眼を開けると、


「はぁっ!!」


瞬時に剣を抜き、振るった。

その様は舞を踊る様に美しくキラキラしていて。









誰もが一瞬、息を詰めた。












一通り舞った望美が剣を納める。

先程より小さくなった花片が、ひらひらと舞い上がる。


一斉に、張り詰めた息を緩める気配がした。



「九郎さん!これでどうですか?」

「ああ‥‥‥約束を違える訳にはいかない。分かった。同行を認めよう」



望美の実力を認めた九郎が頷く。




「望美!良かったわね!!」

「うん。さすが私の神子だね」

「凄いな、春日先輩は‥‥‥」

「ありがとう!!」



嬉しそうに笑う望美に、朔と白龍、そして譲が声を掛ける。
望美は礼を述べて、九郎の元に走った。
二人で何やら真剣に話しているのを、輪から離れてゆきがぼんやり見ている。



「君は、入らないんですか?」

「‥‥‥‥‥‥え?」



いつの間にか弁慶が隣に立ち、ゆきに話し掛ける。



「あ‥‥‥すみません。望美ちゃんの花断ちに見惚れてたから気付かなくて」



ゆきが慌てて笑うのを見て、弁慶の眉は潜められた。

そして口を開こうとした弁慶は、


「おい、弁慶!!」

「すみません、聞きたい事があるんですけど!!」



と、九郎と望美に呼ばれて「仕方ないですね」とゆきの側を離れた。





ゆきはホッとした。

さっきから、頭がクラクラしている。


望美の花断ちを見てから。











迷いのない、舞う様な太刀は、光り輝く戦巫女のようだった。




誰もが惹かれずにはおれぬ、白く清冽な光。









望美はこの世で最も清い白龍の神子だと。



その唯一の存在を、ゆきが感じた瞬間だった。



 

  
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