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第三章:君に咲いた雪の華
 



「兄上、そういえば」

「どうした?」

「弁慶さんが言ってた、会わせたい人って‥・?」

「ああ、その事か」


散々雪遊びに興じた二人は、再び手を繋いで京邸に帰り出す。


九郎はゆきの言葉に答えようとするが、ふと止まる。


そして思い出した言葉を違える事なく口に乗せた。



「楽しみは後に取っておく方が倍増する、からな」

「‥‥‥それって、弁慶さんに言わされてるんでしょ?」

「うっ‥‥‥そ、そんな事はっ!」

「もう!兄上ってば相変わらず嘘が下手だなあ」



大きな口を開けて笑うゆきに、九郎はむっとして黙る。



その横顔を、眩しいものを見る様にゆきは眼を細めた。




いつも真直ぐで、馬鹿が付くほど正直で。


‥‥‥そんな九郎だからこそこうして、普通なら有り得ない関係でいられるのだ。





「‥‥‥でも、そんな兄上だから、大好き」

「‥‥‥‥そっ!‥‥‥‥‥‥‥‥そうか!」




(あ、真っ赤だ)



ここで吹き出してしまうと、九郎が益々拗ねてしまうから。

ゆきは俯いて、どうにか笑いを堪えた。













溶けた雪が服を所々濡らしている。

本当なら随分寒いはずだけど、今は。



「・・・ゆきの手は暖かいな」

「兄上の手は冷たいから、心が暖かいんだね」

「なんの事だ?」

「私の世界ではね、手が冷たい人は心が暖かいって言うんだよ」




ゆきが説明する。



再びの照れ顔を期待しての言葉だったのに、

九郎が浮かべた表情は全然違っていた。











「その話は嘘だな。

ゆきの手も冷たければ、俺は信じたが」












「え?」


よく見ないと気付かない位の、微笑を浮かべた九郎。

ゆきは言葉の意味が分からなくて首を傾げ、次に真っ赤になった。




手が冷たければ優しいというなら、ゆきの手も冷たい筈だ、と言う事だと。
つまり、ゆきは優しい、と。

そう九郎は言いたいのだろう。





普段はすぐ照れてしまうくせに。
たまにさらっと出る言葉はこんな風に真直ぐで。



心の真ん中を射抜く。





「うわあ‥‥‥天然タラシがいるよ‥‥‥」

「天然辛子?」

「・・・ううん。何でもない」




‥‥‥邸に戻るまで、ゆきの頬は色付いたまま。
火照った身体のお陰で、冷える事なく無事に邸に着いた。






















「ただいま!朔!!‥‥‥え? 「ゆきちゃぁぁん!!」」

「だぁっ!?」



九郎が邸の門を開け、ゆきが隣でただいまと言った瞬間。

中から飛び込んできた猪のような物体が九郎目掛けて飛んできた。



彼は咄嗟に、ゆきを背後に庇う。

妹に気を取られて反応が遅れた九郎は、何か凄まじい力で飛び付かれて一歩下がる。
が、背後にゆきがいる為に、巻き込まないよう何とか踏ん張った。




「ゆきちゃん‥‥‥あれ?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥ええ?‥‥‥望美、ちゃん?」



九郎に飛び込み、抱き付いているのは猪なんかの動物ではなく。

ゆきが元居た世界で知り合った人物で‥‥‥。




あの日共に激流に流されるも、京に着いた時にはぐれてしまった一つ上の先輩だった。




呆然と立つゆきの前で、九郎は素晴らしく赤面して望美を引き剥がす。



「のっ、のっ、望美っ!?ど、どど退けっ!!」


「す、すみません!!」





九郎が、望美の腕を払う。

対する望美も真っ赤な顔で飛び退く。




そんな二人をゆきはきょとん、と見ていた。



「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥っ、すみませんでした、九郎さん」

「‥‥‥‥‥‥?」

「‥‥‥あ、ああ。気をつけろ望美。ゆきに全力でぶつかろうとするな。お前の怪力でこいつが潰れるだろうが」

「か、怪力だなんて失礼じゃないですか!」

「本当の事だ」

「九郎さん酷い!」




まだ憮然としたままうそぶく九郎と、顔を赤らめて九郎に詰め寄る望美。




(え〜っと‥‥‥先に入ってもいいのかなあ?)




二人がこんなに仲良いとは思わなかった。







と言うよりもまず、
望美は今迄どこにいたのだろうか。

九郎とはどこで知り合ったのか。


そして、なぜ
最後に見た高校生の頃と‥‥‥全く変わっていないのだろう。




ゆきが京に流れて来て一年半。
髪は随分伸びたし、勿論ある程度は面差しも変わったと言うのに。

服装以外は全く変わらない望美。


それは昨日会った将臣のように、この京に着いた時期が違うという事を意味するのか。












そう、ゆきの中は疑問だらけだけど・・・



流石と言うべきか。元々楽天家のゆきは、



(まあいいや。後で聞こう)



と早々に諦めて、未だ言い争う二人の横を通り抜けた。




‥‥‥だが。



「何なんですか九郎さんは!?ねぇゆきちゃんからも何か言ってやってよ!!」


「ええっ!?」


「俺は本当の事しか言ってないだろう!なぁゆき?」


「えええっ!?」




正に通り過ぎようとした瞬間、片手を望美に、反対の手首を九郎に、がっちり掴まれてしまった。




「「ゆき(ちゃん)!!」」


「ええええっ!?」






(なんでこんなに息がぴったりなのっ!?)








京邸の門の中。
二人から逃れられると言う安全地帯は、すぐそこなのに。


今のゆきにはひどく遠いゴール地点に見える。




「いや‥‥‥私、早く中に入りたいなあって思って‥‥‥」



小さく呟く声。
勿論、睨み合う二人は聞いていない。




(兄上は頑固なの知ってるけど、望美ちゃんまで・・・)


自分にとってこの先輩は、いつも明るくて優しくて。


(い、意外だな)


きっと他人が見ていたら、二人を見る自分の眼は真ん丸に見開かれているだろう。
・・・ゆき自身そう思う程、子供の様に言い合う二人に驚いていた。




(弁慶さんがニヤニヤ笑いながら会わせたいと言ってた人って、望美ちゃんの事だったの)


・・・弁慶は別に普通に笑っていただけなのだが、ゆきにはそう見えたらしい。





 

  
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