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第一章:いつもいっしょ


 

「景時さん!‥‥‥景時さん!」


静かな秋の昼下がり‥‥‥‥‥‥だったのだが。


ドタドタドタドタ!!


梶原景時が主として住む京邸の廊下を騒々しい音を立てながら、ゆきが必死な顔で走り回っている。


「ゆきちゃん、どうしたの〜?」


ひょっこりと、一室からこの邸の主、梶原景時が姿を現す。


「あ!景時さん!!九郎さん知りませんか!?」

「九郎?‥‥‥六条にいるんじゃないかな?」


呼び止められた少女―――元宮 ゆきは、一年前にこの世界にやってきた。

今でこそ元気いっぱいだが、ここに来た当時は瀕死の重傷を負っていた。
あの時は、こんなに元気になるとは思いもよらなかったけれど。


「六条?‥‥‥私一人でも行けるかな?」

「一体どうしたの?」


景時は、この邸にゆきが来て以来、嬉しくてならなかった。
朔に続いてもう一人の妹が出来た、というのはもちろんのこと。

ゆきが来てから、朔がみるみるうちに明るくなったから。

朔本人に言わせれば、手の掛かる妹が出来て忙しくて休む間もないから、という理由らしいが。


何はともあれ、景時は盛大に感謝していた。



「ん〜と‥‥‥お願いなんですけど」

「ゆきちゃんのお願い?何でも叶えちゃうよ〜」


景時が言えば、ゆきはクスクス笑いながら「あのね」と手招きをした。


内緒話


景時もクスクス笑って耳を寄せる。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥お迎え?‥‥‥でも、危ないよ?」

「だから昼間のうちに。ダメですか?」

「う〜ん‥‥‥分かった」


暫しの間考えて、眼を細めながら景時が頷いた。

ぱっと輝くゆきの表情。

「じゃあ少し待っててくれるかな?地図を書いてあげるからね」

「はい、ええと‥‥‥朔には‥」

「朔にはオレから話しておくから。早くしないと戻って来るよ?」

「あ!本当だっ!!行ってきます!」

「はいは〜い‥‥‥さて、朔に話して来ようかな」


(面白い事を言う子だよね)


ゆきの存在は、まさにびっくり箱。
彼女がもともと住んでいた世界の話を聞く度に、景時はそう思う。


「朔、ゆきちゃんが九郎を迎えに行くって」

「‥‥‥また突飛もない事を‥‥‥‥‥‥兄上、まさか許したの?」


厨に入った景時が朔に話し掛けると、呆れた顔で振り返る。
また、と朔に言われてしまう程、ゆきの発想は豊かと言うか‥‥‥飛んでいる気もしないでも、ない。


「式をつけて置いたからね、大丈夫」

「兄上?いい加減ゆきに甘すぎじゃないかしら?」


‥‥‥なんて、朔は嗜めてくるけれど。


「朔だって甘いくせに」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥で?兄上がゆきの代わりに手伝ってくれるのね?」


自分の事は何気なく棚に上げて、朔は尋ねた。


(ほら否定出来ない)


と思うが口にすれば怒るので、代わりに質問の答えを口に乗せる。


「御意〜」


朔の顔が緩んだ。


「‥‥‥兄上。結局のところ‥‥‥九郎殿が一番ゆきに甘い気がするけど」

「それはそうだね」


だって、鞍馬山で倒れたゆきを連れて来てから、
戦や政務で来れない日以外、一日も欠かさずに京邸に通っているのだから。


「でも、全く色気がないのが凄いわね」


朔が独り言のように呟く。

そう、全く色気がない九郎とゆき。


「あそこまで仲良いと、普通は夫婦に見えるはずなのにね〜」


あの二人にそういうのって無縁そうだ。
呟く景時に、ずっとそうなのかしら、と朔が返した。



--*--*--*--*--*--





紅葉がくるくる回りながら、地面に落ちていく。


吸い込まれるように
惹かれるように

ひらひらと、舞い落ちる。


ゆきが、ここに辿り着いて一年ほど。

身体もすっかり元気になってきた。

過保護な人物のせいでこの一年間、一人で出掛けた事がなかったけれど。


今日はその保護者を迎えに行く。

初めての、一人で外出。




ということは、つまり‥‥‥


「え〜っと、あれ‥‥‥?ここはどこ?」


案の定、迷子になってしまった。


「やっぱりと言うかお約束と言うか‥‥‥」


はぁ〜‥‥‥と、息を吐きながら貰った地図を広げてゆっくり考える。


「一番の問題は、字が読めない事だよね。口で説明して貰えば良かったな」


地図に書かれた景時の手蹟は、達筆過ぎて(?)読めなかった‥‥‥。
さてどうしようか、と悩んだゆきに声が掛かる。


「お嬢さん、お困りですか?」

「はい、困ってます!!‥‥‥って弁慶さん!?」


振り返ると、穏やかに笑う知己の姿があった。
源氏の軍師兼薬師である武蔵坊弁慶は、ゆきの命の恩人であり、毎日顔を合わせる家族のような一人でもある。


「ゆきさん?いくら真実だからと言え、困ってますなんて正直に言ってはいけませんよ」


京には悪い輩も一杯いますから、誘拐されますよ。
幼子に教える様に噛み砕いて話をする物腰柔らかいこの男が、ゆきは少しだけ苦手だったりする。


「はい、すみません。ところで弁慶さん、どうしてここに?」

「知り合いの所に用事で来たんですよ。ゆきさんこそどうしてここに?随分と辺鄙な場所ですが」

「えっと、九郎さんのお迎えに‥‥‥」


皆まで言わずとも、「ああ。迷子だったんですか」とあっさり返されて、ゆきはがっくりうなだれた。


「それはそうなんですけど‥‥‥」


泣きそうな顔をしたのだろう。

弁慶は苦笑いを浮かべて


「泣かないで。そんなに必死になるなんて、九郎に嫉妬しそうになりますね」


と意味深な事を言う。

ゆきは首を傾げながら、六条へと案内する弁慶に付いて行った。




--*--*--*--*--*--



「―――では、僕は先に。用事がありますから」

「はい、ありがとうございました!」

「いいえ。今度は僕だけを迎えに来て下さいね」

「は〜い!」


九郎の異母兄、源頼朝から執務用にと賜った六条の邸の中。

門の外で待つと言ったゆきは弁慶に、「危ないから中に入ってて下さい」と引きずられた。



通された一室にじっと座り、九郎の仕事が終わるのを待っていたのだが。


(長いなあ‥‥‥)



もうすぐ、日も暮れそうだ。
ゆきは大きな欠伸をした。



--*--*--*--*--*--





「‥‥‥‥‥‥あら?」

「あら?とは何だ」



ゆらゆら揺れてるな、と思ったら。



「おんぶ‥‥‥?」

「ゆき。お前‥‥‥いびきかいて寝ていたぞ」

「うそっ!?」

「嘘じゃない」



ゆきを背負い歩きながら、九郎は鼻で笑った。


「兄上のいけず」

「はははっ!!」

「――っ!!もう降ろしてっ!!」


バシバシと肩や背中を叩き暴れると、やれやれと言わんばかりな溜め息を一つして、九郎はゆきを降ろした。


川縁の澄んだ空気。

背中から離れた瞬間に、風が吹く。
今まで感じていた互いの体温を奪うように。


「‥‥‥すっかり、寒くなりましたね」

「まあな。もうすぐ冬が来るからな」

「京の冬は寒いね、兄上」

「そうだな」


ゆきが尋ねると、九郎は空を見上げた。


赤く染まる夕焼けの、空。

「少し休憩しようか」

「うん」




 

  
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