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「私が、ですか?‥‥‥ですが、それでは九郎様が‥」


敬愛する主の表情を思い浮かべた継信はやや硬い面持ちで、話を持ち出した男に問い掛けようとした。


「九郎の事でしたら心配いりませんよ」

「‥‥‥はぁ」

「‥‥‥それに、気にしていては、僕が面白くないでしょう?」

「‥‥‥は‥‥‥?」




いや、気のせいだ。
とんでもない事を今、さらっと言われた気がするが、違う。

この爽やかな笑顔から、物騒な言葉が零れる筈はないんだ。


落ち着け、継信。


‥‥‥しかし相手は、九郎(で遊ぶ事)を生き甲斐にしている


弁慶


だという事を、継信は失念していた。













「すみません、忙しいのに」

「え?‥‥あ、は、はいっ。ではなくてっ」


心臓に悪い。
非常に悪い。

人混みの中では仕方ないのだ、分かる。


押されて密着する肩が小さくて、だから継信は動悸が激しくなるのを止められなかった。

先程からずっと緊張しっ放しだった継信。

ゆきから言葉を掛けられるだけで舞い上がってしまう。




弁慶から今朝言い渡されたのは、荷物持ちの用事。


『本来なら他の兵にでも頼むべきでしょうが‥‥‥流石に、ゆきさんを任せるには信頼出来る人物でないと』


童顔ではあるが、継信は主人の九郎と同年。
更に言えば少数ながらも精鋭の兵を統率する武士なのだ。
梶原家の調味料買い出しの付き添いなど、頼むなら彼の配下でも良いのだが‥‥‥。


継信が戸惑いながらも喜んで引き受ける事など、弁慶は思い切りお見通しなのだろう。
九郎に見つからぬ内にと、爽やかな笑顔で門から追い出されて、ゆきを迎えに行って‥‥‥今に至る。




「ほ、本日は人が多いですねっ‥」

「本当、びっくりしました」


無難な話題を振れば、隣でゆきが苦笑しながら見上げてくる。

隣で、間近に、恋しい人が自分を見上げる。




‥‥‥まずい。


思わず視線を逸らした。
勢いで、片手に抱えた味噌樽がずり落ちそうになる。


「‥?継信さん?人に酔っちゃいましたか?」

「い、いえ‥‥‥そんな訳では」

「でも、顔が赤いし‥‥‥」



顔が赤いのは、貴女が側に居るからだ。
‥‥‥なんて言える訳がない。



「ゆき殿、少し休憩しませんか?この先に団子屋がありますから」

「はい!団子、大好きなんです!」


‥‥‥知っている。


『お、俺が食べるのではないからな!あいつが団子好きだから‥‥』

継信の主は、照れながらもよく一人で買いに出掛けていたから。













「あ、この味は‥‥‥兄上がよく買って来てくれる団子屋さんの!」

「ゆき殿は団子の味に詳しいのですね」

「あはは、団子が大好きなんで、食べ比べている内に分かっちゃう様になりました」


にこにこと、ゆきは本当に美味しそうに頬張っていた。


こんな顔を見る為なら、毎日でも手土産を買って帰りたくなる。
最近甘味に詳しくなった九郎の心情に、内心で継信は激しく同意した。




今更、主からゆきを奪おうなど思ってない。

奪えるとも皆目思わない。
だけど。




「‥‥‥‥だけど、反則だ‥」

「‥‥‥へ?」

「いえ、何も‥‥‥宜しければ私の分もどうぞ」

「いいんですかっ!?」

「ええ。私は武士なので、あまり太ると武勲をあげられなくなりますから」

「‥‥‥‥‥‥うっ」




途端に、差し出した串の前で俯き出したゆき。


‥‥‥何か失礼な事を言っただろうか?


と考えて、すぐに答えに思い当たった。
女性に『太る』は禁句。

幼い頃の母の言い付けを思い出して、継信は慌てて手を振った。



「いえ、あの、私が言いたいのは、武士としての話で‥‥‥っ」

「‥‥‥」

「ゆき殿は少々太られてもまだまだ心配ありませんっ」

「‥‥‥」



何を言っているんだ、自分は。



「‥‥‥すみませんっ」

「‥‥‥‥ぷっ。あははは!」


やっと顔を上げたと思ったら、今度はけらけらと笑い出すゆき。



「ご、ごめんなさい!継信さんが必死だから何も言えなくなって‥‥‥!」

「‥‥‥はぁ」




ああやはり、彼女は笑顔が似合う。




ひーひーとお腹を抱えながら、それでもしっかり団子を分捕る。

その姿にぼーっと見惚れてしまった。











「重くないですか?私も持つのに」

「お気持ちは嬉しいですが、これも良い鍛練ですから」


梶原邸までの道すがら、再三に渡るゆきの申し出をやんわりと断った。
味噌樽を手に抱え、反対には炭や、燭油の壺。
大量の荷物は確かに重い。

だからこそ、彼女には何一つ持たせる気などないのだ。


気が付けば、門はすぐそこだった。
貴重な時間が終わってしまう。



「継信さんが一緒で良かった」

「え‥‥‥?」

「助かっちゃった。ありがとうございます!」

「‥‥とんでもありません。貴女のお役に立つのなら‥‥‥」



こんな笑顔を見られて良かった。
弁慶に感謝しなければならない。

‥‥‥なんて思いながら笑い返した、時だった。




「継信。ご苦労だったな」

「‥‥‥‥‥九郎様」



‥‥‥来た。


咄嗟にそう思う程、低い声が這う。


門の内側、柱に凭れて立つ九郎の姿は継信とゆきから死角に当たっていた。



「あ、兄上!もう帰って来たの?」

「‥‥‥‥‥‥ああ」

「?兄上?」



ゆきの問い掛けにも静かに頷くだけ。

「俺が運ぼう」と、継信から荷物を受け取った。



「ですが‥‥‥」



主の御手を煩わせてはならない。

ましてや九郎は、源氏の大将なのだから。



「‥‥‥構わん。ゆき、入るぞ」

「う、うん!継信さん、また」

「はい、ゆき殿」



継信が両手で抱えていた荷を、九郎はどうやってか片手で抱えたり肩に担いだ。

そして開いた方の手でゆきの肩をしっかり抱いて、邸の中に入って行く。


そんな九郎はまさに‥‥‥



「‥‥‥まさに九郎は、縄張りを主張している犬みたいですね」

「べ、弁慶殿!?」

「そう思いませんか、継信?」



一体いつから見ていたのか。

人の良さそうな笑顔全開で、弁慶が陰から出て来た。


「九郎には僕から説明しておきましたから。僕がお使いを頼んだのですから、変な嫉妬をするな、とね」

「はぁ‥‥‥」

「ふふっ。怒りを堪える九郎も面白いと思いませんか?」

「‥‥‥‥‥‥」




違う。

気の所為だ、継信。


弁慶様が九郎様で遊ばれておられる訳がない。



‥‥‥‥‥‥‥‥多分。




「何故‥‥‥」

「何故か知りたいですか?」



呆然と呟いてしまった継信の言葉。

しっかり拾って、弁慶は再び笑った。


‥‥‥弁財天もかくあらん、花の如く美しき笑顔。



「簡単ですよ。継信もよく知っているはず」

「‥‥‥は?」

「‥‥‥‥‥僕はね、九郎を羨ましいと思うんですよ」


くすくす笑いながら「ご苦労でしたね。また明日」と促す弁慶。



彼の前を辞し踵を返しながら、継信は深い溜め息を吐いた。




『羨ましいと思う』



それは一体、何に対してだろうか。
九郎の性格か。


それとも‥‥‥‥‥‥。





益々苦悩が深まった気がする佐藤継信、二十二歳。


そんな一日のこと。


 


   
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