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「下がっていいぞ。大儀だったな」

「‥‥‥はっ。勿体なきお言葉」




夕暮れ染まりかけの、京。
先日の戦の事後報告書と雑務。
それらを何とかこなした継信は、主と仰ぐ九郎の元を辞した。





佐藤継信、二十二歳。

代々、源氏に仕える佐藤家の嫡男であり跡継ぎである彼は、弟と共に源九郎義経に仕えている。

九郎直参の四天王と呼ばれる武将の一人。




そんないかつい肩書きは、けれども本人を見ると首を傾げたくなるもの。

何故ならは、当の継信は童顔‥‥‥優しく、ともすれば可愛らしいとさえ言えるような容貌をしているから。

流石に背もそこそこ高く、身体付きも決して貧相ではないのだが。



第一印象はいつも「男ですよね?」と来る。





そんな彼は最近、元気がなかった。





「あれ?継信さん、こんにちは」

「‥‥‥‥ゆきさん!?」


六条堀川にある、主が仕切る政務の邸。
仕事を終えた継信が門を出た瞬間に、掛けられた声。

思わず、のけ反ってしまった。
ああ、顔が赤くなるのが分かる。


「はい?ゆきですけど」


ゆき、と呼ばれた少女はにっこりと笑う。
頷いた拍子に栗色の髪が元気よく跳ねるのが、何とも彼女らしかった。



「九郎様をお待ちでしょうか?」

「え?あ、うん‥‥‥」



九郎の名前に反応して、真っ赤に頬を染めるゆきを見て、継信は溜め息を付きたくなった。




‥‥‥最近、継信に元気がないのは。



「あの‥‥‥まだお仕事中ですか?」

「ええ。九郎様ならまだ御政務に取り掛かられておりますが。宜しければ、中でお待ちになられては?」




かつて、妻にと望んだ少女。

最初から、彼女には主がいると分かっていた、けれども。


秘めた想いなのに何故か周りに知られてしまい、軍奉行や軍師にまで真相を問われた事もあるのだ。

秘めた筈の恋は、父や祖父の預かり知るまでになってしまった。
そして‥‥‥今年の春、縁談の話が、主の兄君たる源氏の棟梁から来た、のだが。



「‥‥‥う、ん‥‥‥迷惑かかるといけないし、いいです。帰ります」

「そんな、ご迷惑だなどと私は決して!!」

「えええっ!?」


踵を返そうとする彼女に、思い切り否定した言葉。
私情がたっぷりと含まれていた。


大声にびっくりしている彼女を見て、しまった、と思う。



「‥‥‥中でお待ち下さい。外はもう、冷えてきておりますから」

「はい、ありがとうございます」



柔らかな笑顔を浮かべる少女は、罪深い。

多分、継信は自分の事を諦めたとでも思っているのだろう。

そして罪悪感も手伝っての、笑顔なのかも知れない。


「私が部屋まで案内致しましょう」

「お願いします」



促す様に触れた、小さな肩。
華奢で柔らかい、女性ならではのもの。





開いている部屋はいくらでもある。


‥‥‥案内するのは、一番遠い部屋がいい。







そうすれば、
ほんの一時でも長く
貴女と歩けるから。











「あ、そうだ!ご結婚おめでとうございます!」

「‥‥‥‥‥‥‥は?」

「‥‥え?違うんですか?」

「いえ、全く身に覚えありませんが」



待て。
落ち着け、良く考えろ継信。

そういえば、記憶に触れる『結婚』の二字‥‥‥。













『継信。そんな調子では手柄どころか、うっかり命を盗られますよ』

『申し訳、ございません‥‥‥』

『ゆきちゃんに振られた事がよっぽど辛いんだね〜』

『ならば新しい縁談を組みましょうか』

『‥‥‥はい』

『継信もこう言ってますからね、縁談の件は景時に任せましょう』

『ええっ!?オレ!?‥‥‥って今の継信はまともじゃない 『い い で す ね、景時?』』

『えええっ?』













‥‥‥‥‥‥。




我に返り立ち止まれば、濡れ縁の真ん中。

‥‥‥なんという恐ろしい記憶だろう。
継信は頭を押さえた。



「‥‥‥‥‥‥ゆき殿、私は結婚など致しません」

「そうなんですか?」

「はい、私は今でも‥‥‥」

「‥‥‥え?」



正面から、少女の肩を掴んだ。
時だった。




「私は 「継信―――――――――っ!!」



こちらに向かってくる、猪のようにも見えるもの。




唐突に呼び捨てにされて、継信は眼を丸くした。


その間にも距離は縮まり、走って来たもの‥‥‥九郎は、二人の間で立ち止まる。



‥‥‥あと少しで接触事故を起こす所だった。


その勢いのまま。

橙色の髪をした青年は、ゆきの肩から継信の手を引き剥がすと、思い切り抱き締めた。



「あ、兄上!?」

「‥‥‥九郎様」

「継信!‥‥‥‥‥‥こいつは俺の部屋で待たせるから構わん!」



嫉妬丸出しに言い捨てて、「ちょ、兄上ってば!」と訳の分かっていないゆきの手を引きずっていく、主の姿。



「つ、継信さん!!ありがとうね!!」

「ええ。またお会い致しましょう、ゆきさん」

「‥‥‥‥‥‥っ!!」




引き摺られながらも振り返り手を振る少女に自分も振り返して。

継信は本日数度目の溜め息を吐いた。




我が主が、何と言うべきか‥‥‥あれ程嫉妬深いとは思わなかった。








悩みの尽きない
佐藤継信、二十二歳の秋の夕暮れ。



 





 

   
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