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「雨だね‥‥‥今日は止みそうにないな‥」



朝一番に漏らした呟きは、空を見上げて。











赤い糸の先




 


「仕方ない。天気ばかりは予測も出来ん」

「分かってるけど、でもね!」

「それに、変える事も不可能だろう」

「白龍なら出来るもん」

「お前は‥‥全く」



頬を膨らませながら柱に凭れて座るゆきの隣に、九郎は呆れた表情で腰を落とした。

昨夜から降り続ける雨音が、梶原邸の一角にまで聞こえる。



「確かに白龍は龍神だ。だからとは言え、雨を止ませてどうする」



九郎が少し咎める口調で言えば、ますますゆきが膨れっ面を浮かべた。
そうすると歳よりも幾分幼く見えるから、思わず笑みを零しそうになる。



「そうなんだけどさ‥‥それに私、白龍の神子じゃないし」

「ああ。お前はお前だ」



溜め息を吐きながら隣の小さな肩をそっと引き寄せる。
白龍や黒龍の神子でもない。
ましてや身分高い姫でもない、普通の女であるゆきを。


そのまま肩に顔を埋めれば、柔らかな熱とゆき自身の優しい匂いがした。



「兄上‥?」

「‥‥この日を迎える為に俺は必死だった。今更雨が降ろうが槍が降ろうが構わんさ」

「あはは、さすがに槍が振ると困るよ、戦になっちゃう」

「‥確かにそうだ。そうなれば俺は出陣せねばならなくなるか」

「うん。延期になっちゃうね」

「‥‥‥それだけは勘弁だな」



いつの間にか機嫌を直したゆきの手が、九郎の背中に回される。

そっと、あやす様に撫でてくる小さな振動が愛しくて、九郎も腰に回した腕に力を込めた。


 


「‥‥‥やっと、お前と共に歩ける」





その声は静かなのに、力に溢れていたから、ゆきの眼に涙が滲む。




「うんっ‥‥兄上、ありがとうっ‥」




京を救う清らかな神子でなく。
貴族や武家の娘でもなく。

梶原家の後ろ盾があるものの、他に何も持たぬゆき。


源氏の総大将と身分が釣り合わぬ、と鎌倉方や家臣から二人の婚姻を認められなかった。


‥‥‥今日に至るまでの道程は決して平坦なものでない。



「礼を言うのは俺の方だ。ゆきが俺の傍を支えてくれたからな」



九郎の婚儀に、私情など挟める事は許されない。
それは物心付いた時から当たり前だと思っていた。

だが、いくら身分に合う姫を勧められても、頷けない。

政略結婚など考えられなかった。
ゆき以外の女に愛しさを抱ける程、九郎は器用でない。


‥‥けれど、何よりも。
ゆきを求めたのは、繋ぎ止める確かな形が欲しかったからかも知れない。


恋した女に、他の男との縁談が再び生じぬ様に。

例えそれが継信のように優しく、彼女を大切に想っていて。
自分よりも幸せに出来る相手だとしても、もう‥‥‥。



誰にも渡せない。




「‥そろそろ景時が煩いか」



ぐっ、とゆきを抱く腕に力を入れて、立ち上がる。


今日は、これから互いに忙しい。
ゆきは朔と、梶原兄妹の母君達の手に引き渡されて。
九郎もまた弁慶や景時と共に、報告や準備等で時間を競う状態だったりする。



「うん。また日が暮れてから‥‥ね」

「‥‥っ、あ、ああ」

「?」



何気ないゆきの一言に、九郎は顔を赤くしながら頷いた。

そんな彼を見上げるきょとんとした表情は、出会った頃から相変わらない。
それが妙に九郎を安心させてくれた。






日が落ちてから始まるのは、祝言。




古くから、夫婦になる誓いを交わす‥‥神聖な儀式。



 

  
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