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「ゆき、その花はどうしたんだ?」
「あ、これ?昼間にね、兄上の兵士さんに貰ったの。この前差し入れたおにぎりのお礼って」
「‥‥‥‥‥‥何?」
「ただ皆さんに差し入れた物で大したものでもないからね、こんな綺麗な花を申し訳ないって言ったんだけど‥‥‥「でしたらまた作ってください」って言って渡されて、走ってどっか行っちゃったんだ。律儀な人もいるんだね」
それは明らかに下心ではないのか。
こちらの気持ちを知らずちょっと苦笑いを浮かべる、少し前まで義妹・現在恋人に何と言ってやろうか、と。
九郎は溜め息をついた。
「初めは六条に行くのちょっと怖かったんだけどね」
「もう何年も通っているんだ。今は怖くないだろう?」
「うん。皆さん優しいし、色々良くしてくれるし」
「‥‥‥」
返事がない九郎の真顔(と言うか仏頂面)に気付かず、にこにこ笑う。
この前分けてくれた団子もおいしかったんだ〜!とか
兄上の仕事が終わるまで誰々さんが話し相手してくれたんだよ〜。とか
それはそれは嬉しそうに話している。
九郎からすれば、聞いていて面白い訳がない。
なのに彼女は、そんな男の心理には鈍い。
確かにゆきは愛想がいい。
九郎から見ても単純で素直でお人好しで‥‥‥純粋で。
六条にも時々通うから、九郎に仕える武士達にも可愛がられている。
歳寄りの武将達はいいのだ。
娘やもしくは孫娘のように思い親切にしているのが分かる。
彼女も懐いているらしく、それは楽しそうなのだから。
まぁ時々「鎌倉殿に早くご報告めされよ、ご婚儀の日取りを」とからかって来るのは確かに困るが。
だが、まだ安心してゆきを任せられる。
そう、年寄りの武将達ならば。
ただ問題は‥‥‥。
「そうそう、あのね。これなんだけど‥‥‥誰のものか分かるかな」
「‥‥何だこれは。髪飾りか?」
「うん。兄上と会った後、門を出ようとしたら兄上位の兵士さんとぶつかってね、そのお詫びにって渡されちゃったんだけど‥‥‥」
「‥‥‥‥‥相手はどうした?」
「それがね、私がびっくりしてる間にいなくなっちゃった」
顔も覚えてないし返そうにも返せないんだどうしよう!
こんな高そうなもの貰えないよ。
大体私が前を見てなかったからなのに‥!!
と、ぶつぶつ呟きながら半泣きになっているゆきに、九郎は思いっきり脱力した。
「お前は‥‥」
(何処まで鈍いんだ‥‥‥!!)
武士ともあろう男が、普段から髪飾りなど持ち歩く訳がない。
ぶつかったのはゆきの前方不注意と突然走り出した事が原因な筈。
確かに、その男にしても突発過ぎた出来事だったのだろう。
すっかりあがってしまい、押し付けるだけで精一杯になり、逃げたのかもしれない。
「誰かにあげる物だったのかな?だったらますます私が貰うわけにいかないよ!どうしよう兄上‥‥!?」
いや明らかにお前に贈ろうと用意していると思うが。
実際、桜色の絹で作った花は、彼女にあわせて作ったかのように良く似合う。
それが余計に腹立たしさを助長するけれど。
そう。問題は
―――時々こうして、明らかな下心で近づく若い武士が存在すること。
それも現在九郎が把握(と言うか警戒)している佐藤家の嫡男・継信だけでないらしく、複数の。
「‥‥分かった。俺が犯人を探し出して返しておこう」
「へ?犯人じゃないでしょ、変な兄上〜」
安心したのか、へにゃっと笑いながら素直に手を出すゆき。
九郎は髪飾りを受け取って、しっかりと握り潰した。
絹で出来た花だから、本当に潰れる事はないのが残念だが。
それから、もう一度今度はゆき自身に手を伸ばした。
すっぽりと、まるで自分の腕に収まるべく作られたかのような、柔らかい身体をしっかりと包む。
「今度、もっとお前に似合うものを俺が買ってやろう」
「‥‥ほんと?」
「ああ、約束する」
「うん。嬉しい‥‥兄上、大好き!」
その男に対し、哀れむ気持ちが無いと言えば、微かに嘘が混じる。
鈍感娘に全く気付かれていないのは、確かに男として複雑だ。
だからと言って手放すつもりなんて、更々持ち合わせていないけれど。
可愛いやきもち
「ゆき。いい加減自覚してくれ。俺の身が持たん」
「‥‥自覚?え?え?」
腕の中で目を回して、きっと今、凄くとんでもなく見当違いな「自覚」に付いて色々考えているだろう、鈍感な恋人との将来を思いやり‥‥‥。
(弁慶ならばどう対処するのだ?)
と思考が何だか黒くなってゆく九郎が、居た。
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