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序章:晴れたらいいね








「また雨だ‥」


ゆきは広縁に座り込んで、しとしとと降る雨を眺めていた。




夏になるまで今少し。



ここ数日の雨でめっきり寒くなった。


陽が姿を隠し続けた事もあいまって、広縁は凍て付くような寒さを呈している。



「あ〜あ‥‥‥今日こそは見たかったのにな」

「何を見たかったのだ?」

「えっと、それは‥‥‥」




答えかけて、ぎくっと身を強張らせる。






「あ、九郎さん」

「馬鹿」



言葉と共に落ちる拳。

勿論、痛くないよう力は押さえている。



「また熱をぶり返すだろう。部屋へ戻るぞ」

「‥‥‥もうちょっと居るから。過保護だよ、それ」



ぷい、と横を向くゆき。

歳より幼く見える横顔に、九郎は溜め息をついた。




「俺の言う事が聞けないのか?」

「知らない」

「‥‥‥それなら、仕方ないな」



どこか楽しそうに言い、ゆきを抱き上げた。



「‥‥‥ちょっ、九郎さん?」

「ゆき?」



嗜めるような口調をすれば、少し赤くなる。




「あ、兄上‥‥‥‥兄上って呼ぶの、まだちょっと恥ずかしいね」

「それを言うな」




ふふっと笑う彼女に、九郎は僅かに顔を赤らめて、もう一度質問を投げ掛ける。




「一体ゆきは何を見たいんだ?」

「‥‥‥桜の花が咲いたって、朔から聞いたんです」

「桜?」

「はい。もう少ししたら花びらが散るから‥‥‥そしたら見せてくれるかなぁって。九‥‥‥兄上の、花断ち」

「ゆき‥‥‥」

「‥‥‥恥ずかしいから言いたくなかったのに」




抱き上げられて至近距離にある九郎と、目を合わせられなくて俯くゆきの耳に



笑いを含んだ声が聞こえた。




「普通は先に花見ではないのか?」

「あ、そうか」




顔を見合わせて、ふたりして笑う。




「そうだな。雨が上がったら花見に行くぞ」

「はい!」

「花断ちも見せてやろう」

「本当ですか!?」

「ああ、本来なら見せ物ではないがな。今回だけだ」

「兄上!!ありがとう!」




雨を吹き飛ばすような満面の笑顔を見て、


(明日は晴れるな)


と九郎は確信した。








桃色の雨








 

   
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