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死ぬ時に残された想いは
強く強く、切なくて。


それが物欲でなく、人への愛だとしたら

どれ程悲しく響くのかな。





‥‥‥ね、兄上。




こんなことを考える私を

貴方は笑いますか?











小さな輝き








「あ‥‥椿、咲いてるね」

「‥‥ああ、もうそんな時期か。綺麗なものだな」



色付く花に伸ばした白い小さな手が、ぴたっと止まる。



「どうした?」

「ううん‥‥‥兄上の口から綺麗だなんて出るの、なんか意外で」

「‥‥‥何だそれは」



なんとも失礼な少女の言い草。
わざと眼差しを強くしてみれば、慌てたようにゆきは首を振る。



「そ、そうじゃなくて!わ‥‥たしには言ってくれないなあ、とか思ったり思わなかったり」

「ば、馬鹿かお前は!俺がそんな言葉を口にすると思っているのか?」

「‥‥‥‥言って欲しいもん、たまには」


要するに、自分にもそういった類の言葉を言って欲しい。と言うことだろう。
ゆきは拗ねたように頬を膨らませながら、無言で椿の花を撫でる。



「下らない事を言う間に帰るぞ」

「‥‥‥‥下らないんだ」



拗ねているように、ではなく明らかに拗ねている。
しかも全力で拗ねている。

‥‥ここは何とかして彼女の機嫌を上昇してやらねば、帰れそうもない。



諦めて九郎が口を開こうとした、その時だった。




「あの‥‥」

「‥‥‥!?」


背後から声を掛けられ、九郎の背中は強張った。

自分とて伊達に源氏の総大将な訳ではない。
背後にはいかなる時であろうと気を配るような身体になっている。

‥‥気配に気付かぬことなど、梶原邸でならいざ知らず‥‥外では有り得ない。
まして、庇護するべきゆきがいる今は尚更、気をつけているというのに。


その答えはすぐに見つかった。


緊張しつつもさりげなく手を腰に遣りながら振り向いた九郎が眼にしたのは、一人の女。




「怨霊‥‥‥?」



咄嗟に腕の中に庇ったゆきが気配を察知して、恐る恐る怨霊かと問うた。



真冬の厳しさの中薄衣一枚で、その女は深々と頷いた。













冬の夜は早い。

夕暮れだった陽はあっという間に姿を隠し、同時に清と冷え込む空気が身に染みた。
外は寒い。けれど皆と共に暖かい夕餉を摂れば、身体も心も温まる。

そんな日常をゆきは、殊の外愛しいと思っていた。


「ふぅん‥‥女の人なんだ」

「うん。今でも恋人を探してるんだって」


その日あった事を報告するのも何となく日常。
皆がそれぞれ変わった日常やちょっとした事件を話せば、それに茶々を入れる者、掻き回すものがいて、賑やかな時間になるのだ。

この日の話題は、九郎とゆきが出会ったと言う怨霊の女性についてだった。



「恋人さん、戦に行ったきり帰ってこないんだって。迎えに来ると約束したのに、先に自分が亡くなってしまって‥‥‥だから謝りたいって想いでこんな姿になってしまったって」

「そうなんだ〜。その女の人、辛かったんだね〜」

「‥‥‥景時さんもそう思う?」



ふむふむ、と何の気は無しに頷く景時は、直後刺すような殺気を感じて身を竦めた。


‥‥九郎がこちらを睨んでいる。


そして反対側では、縋る表情でこちらに同意を求めるゆきの眼。



「う‥‥‥うん」

「だよね!なのに兄上ったら話を最後まで聞かずに帰るって言うんだよ!」

「当たり前だ!あの女は怨霊だぞ!?」

「何で!?あの人、悪い人じゃないよ!敦盛くんの事は認めているくせに!!」

「敦盛は八葉だ。それにあいつと共にいたからこそ、信頼できる男だとと分かっている!だがあの女は別だ」

「いや‥‥私のことは‥‥」



突然話題に上がった当の敦盛がおろおろするのを無視して、喧々と言い争う二人。
その会話から、他の者たちは概ねの事情が分かった。



どうやら怨霊の女が二人に近づき話しかけ、親身に聞いていたゆきの腕を、九郎が無理やり引き摺って帰ってきたらしい。




‥‥‥やれやれと肩を竦めて、弁慶は二人を見た。

いい加減止めなければいつまでも続くだろう。
二人とも、こうと決めたら譲らぬ頑固者だから。



「あの人は悪い人じゃないもん。私には分かるよ!」

「‥‥ゆきさん、落ち着いて。それから九郎も‥‥頭ごなしに怒鳴っても、君の心配は彼女に伝わりませんよ」



顔は穏やかに。
けれど有無を言わせぬ圧力をちらつかせる。
弁慶の迫力に二人は度肝を抜かれて大人しくなった。

それを受けて、弁慶はにっこりと笑う。


「‥‥ゆきさんはもしや、その女性と一緒に恋人を探す手助けがしたいと思っているんですか?」

「‥‥‥はい」

「駄目だ!!」

「何で!?」

「九郎」


弁慶が嗜める。
その声すら無視し、食事の途中だと言うのに九郎は箸を置き立ち上がった。

キラキラと怒りを宿し睨んでくるゆきの眼を真っ直ぐ見返す。



「駄目なものは駄目だ。俺の言葉が聞けないなら‥‥‥俺は知らん。勝手にしろ」

「九郎!」



さっさと部屋を出て行く九郎には、咎める景時の声など聞こえていないかのようだった。


残され少し意気消沈したゆきは、再び箸を動かし始めた。

‥‥‥いつもの彼女なら追いかけていただろうけれど、それもせずに。


「ゆき‥‥‥九郎殿の言う事に一理あるわ。貴女を危険に晒したくないのよ」

「‥‥‥‥うん」


優しく諭してくる朔に力なく笑いながらゆきは思う。







‥‥‥でもね、兄上。

どうしても他人事に思えないの。




 

  
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