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奥州平泉の夏の朝は清々しい。
京に居た頃は、一日の暑気が始まるとうんざりしたもの。
けれど此所は、平泉。
冬になれば雪が積もる程の寒い土地。
夏の過ごし易さは言うまでもない。
「‥‥に‥えー‥!」
庭には稽古を終えたばかりの青年が一人。
館の中から聞こえる自分を呼ぶ声に、汗を拭う手を止めた。
真面目な面差しがふと緩む。
近付く元気な足音と澄んだ響きが、高館の朝を告げるかのようだった。
「兄上っ!!おはよっ!」
庭に躍り出る。そう表現するほど元気に飛び出たゆきに、兄上と呼ばれた青年が涼やかな表情で振り返った。
「今朝は遅いな」
「あれ?もう稽古終わったの?」
「いや。リズ先生が今朝は所用があると仰ってな。望美も今朝は忙しいと言っていた。
仕方がないから花断ちをしていたんだ」
「花断ちしてたの?」
そう言われれば、とゆきは視線をずらす。
濡れ縁の隅に立て掛けられているのは、いつもの木刀ではなく赤い鞘の真刃。
「‥‥‥でも、今の季節なら花断ちと言うか、葉断ちだね」
そう言ってゆきはクスクス笑う。
「ああ。だが、葉は桜の花片の様には簡単に落ちないがな」
笑顔に釣られ九郎も笑いながら、葉を散らす為に密かに幹を蹴った事を暴露した。
「幹を蹴り付けて葉断ち?兄上ってば乱暴なんだから」
「仕方ないだろう」
ぷっ、と噴き出すゆきに対して九郎は真顔。
すると彼女は更に笑いを重ねた。
「嘘だよ。兄上は優しいもん」
「‥‥‥っ。そ、そうか」
「ま、兄上より優しい人はいくらでもいるけどねー!」
照れ隠しにゆきは舌を出す。
九郎はむっと押し黙り、何かを言い返そうとして‥‥‥辞める。
今、発しようとした言葉があまりにも子供じみた気がして、聞けばきっとゆきが笑うだろうから。
そして折よくと言えばいいのか、再び汗を拭おうと頭に伸ばした腕に、するっと絡められたゆきの腕。
見下ろせば期待に満ちた笑顔で彼女は告げた。
「ああそうだ!兄上、泰衡さんがね」
「‥‥は?泰衡?」
何故、此処で泰衡の名が出るのか?
九郎の幼馴染みとは言え、ゆきと泰衡とは一、二度しか会ってない筈だ。
わざわざ名前を出す意味を、先回りして考えてしまう。
「うん、泰衡さん。昨日の夜に会ったの」
九郎の頭の中で疑問符が高速で飛び交う事など露知らず。
ゆきは更に、にこにこと嬉しそうに続けた。
「‥‥‥昨日?」
「うん!あのね、金の散歩をさせてくれるって!!」
「くがね?‥‥‥ああ、金か」
言いたい事も聞きたい事も山程あるけれど。
やはり、目を離せない。なども憮然と思うけれど。
取り敢えず今は黙って、金を迎えに行くことにした。
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