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『この日なら最強だ。方角も星の巡りも申し分ないだろう』

『ほんと?師匠』

『私は敢えて隠し事は大いにするが、嘘は吐かないよ』



隠し事をする、との言葉の前にきらびやかな装飾語をくっつけながら。
ゆきの陰陽術の師が笑いながら告げてくれた『善き日』。

それは、閏月の十四日。
聞いた瞬間嬉しくて、浮かれてしまったのを覚えている。



『バレンタインデー‥‥兄上、覚えてくれてるかな』



去年のバレンタインは確か、継信に菓子を渡したところを誤解された。
一悶着あった末に、九郎にしては珍しく、とても甘いひと時をくれた。



優しく何度も何度もキスをしてくれて‥‥‥

一晩中熱を分け合った。
朝が、来るまで。




(たぶん、チョコよりも私のほうがとけそうだったなあ‥)



‥‥尤も、浮かれ気分も、次の師の言葉を聞く迄の事だったが。




『成る程。確か、女が男に菓子と好意を押し付ける、ゆきの世界での呪詛の一種だね』

『ちっ!違う!って言うか師匠それ怖いから!』

『そして一月間じっくり呪詛を浸透させ、男に返礼として貢物を差し出すか、呪縛死かを選ばせる‥‥‥百鬼夜行より恐ろしい儀式の事か』

『ちょっ!去年説明したでしょ!あれの、どこを、どう取ったら、そんな解釈が生まれるんだか!』



とは言えその後、笑顔で「おめでとう」と祝辞をくれたから、再び気分も上昇した。

















「あの、朔‥‥‥」

「‥‥とても綺麗よ、ゆき」

「うん、すっごく綺麗だよ〜。九郎には勿体無い位だね」

「‥‥兄上。いきなり花嫁の父にならないで下さい」

「ははっ‥‥」



ヒノエが交易の品から贈ってくれた白絹は、同色の細かな花刺繍が美しかった。

それを一月かけて仕上げたのは、大切な義姉の朔。

そして着付けを終えたゆきを迎えに来たのは、義兄の景時。



初めは花嫁衣裳は自分で作る、と言っていたゆきだったが、

『貴女に出来る事なんて、もう僅かしかないもの』

と微笑まれ、思わず涙ぐんでしまった。



そして‥今も。



「ほら、ゆきちゃん。泣くのはまだ早いって〜」

「ゆき‥‥折角の綺麗なお化粧が台無しよ」



優しく涙を拭ってくれる、朔の細い指先。



「九郎殿が、貴女の晴れ姿を楽しみにしているのだから」

「‥‥朔っ‥」

「そうそう。さっきから落ち着かないんだよ、九郎」

「景時さんっ‥」



今までの日々が走馬灯のように、ゆきの胸に飛来する。



景時に頭を撫でてもらった日のこと。
朔がゆきを、妹のように慈しんでくれたこと。
いつもへらへら笑って、朔に叱られている景時。
優しくてゆきに甘そうに見えて、結構厳しい朔。

暖かくて、陽だまりのようで。
それは孤独を知っているゆきにとって、光溢れる日々だった。



「‥ありがとっ‥‥‥」

「大丈夫。君はずっと、オレ達の大切な妹だからね。オレ達は家族なんだから」

「そうよ。苛められたらいつでも戻っていらっしゃい」



ばたばたと涙を流しながら、頷くゆき。
その背を景時が優しい手つきで撫で、朔がそっと抱き寄せた。





 

 
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