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「弁慶!!」




凛と響いたその声に、驚き身を竦ませた次の瞬間。
ふっ、と伸し掛かる重圧がなくなった。



「ああ、やっと来たんですか」

「お、前っ‥‥!俺が席を外した隙にゆきに何をする!?」




よっこいしょ、と暢気に上半身を起こしたゆき。

彼女の視界に飛び込んだのは、怒りながら胸倉を掴む九郎と、立ち上がり涼しい顔で掴まれている弁慶だった。



助けに来てくれた。
当たり前のはずなのに、それが泣きたいくらいに嬉しい。



「まだ何もしていませんよ。これからと言う時に、君の邪魔が入ったんですから」

「ば、馬鹿か弁慶!ゆきに手を出すなと言っているんだ!」

「‥‥なら、彼女を一人にしない事ですね」



横から掠め取られてしまいますよ?



じろっと冷たい眼で見据えられて、九郎は「うっ」と唸り胸倉から手を離した。

本気とも冗談とも付かぬ声音の中。
弁慶の意図を見付けてしまったから。



「兄上‥‥‥」



座ったままのゆきを見ると、こちらを見上げて泣きそうになっている。

捨てられた子犬のような眼。
意地を張っていた自分が酷く悪者に思えた。



「‥‥‥すまない」



気が付けば勝手に何度も口にしようとしては噤んでいた言葉を紡いでいた。



「兄上っ‥‥私も、ごめんね!」

「いや、いいんだ」



途端、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる男が一人。



「そこで見詰め合わないで貰えますか?せっかく鎌倉殿に拝領した酒がまずくなります」

「何っ!?弁慶お前、兄上から頂いた酒を開けたのか!?」

「当たり前でしょう?九郎こそ、いつまで神棚に祭っている気ですか?酒は飲んでこそ価値があるんですよ」

「だが、俺に無断で‥」

「大丈夫ですよ、景時に許可を得ましたから。全ての責任は景時に」



と、ふわりと柔らかい笑みを浮かべて、隅で酔い潰れた景時を指差した。



「「景時(さん)のせいって!」」

「ふふっ。使えるものは軍奉行でも使えと言うじゃないですか。それよりも、九郎?」

「な、なんだ!?」



弁慶の雰囲気が一変した。
煌めく眼に、九郎は嫌な予感がする。



「折角僕が、恋敵に塩を送ってあげたんです。まだこの場に留まる気なら‥‥‥」

「‥‥‥っ!!」

「へ?恋敵?」



ぎり、と歯を食いしばって。
意味が分かっていないゆきの手を引くと、九郎は足早に室外へと出て行った。



「‥‥‥素直にならないと、本当に掠め取られてしまいますよ、九郎」



なんて小さな声は、二人の背中に届くことはなかった。


















抜け出して、どこに行くのか。



(ま、まさか二人っきりに‥!?)


なんて思っていたゆきだったけれど。

すぐ外の廊の縁に九郎が座ったのを見て、何となくホッとしていいのか、がっかりすべきなのか悩んでしまった。


とんとん、と隣の空間を叩く九郎が子供みたいに見える。
くすっと小さく笑って、ゆきは隣に腰掛けた。




「‥‥‥兄上、酔ってる?」

「少しな。いつに無く速度を上げて飲みすぎた」



空を見上げている頬が、よく見れば少し赤い。

九郎も弁慶もかなりの酒豪なのに。
二人してちょっと酔うのも珍しい。

そう言えば、さっきちらちらと盗み見ていた時、酒を煽る九郎のペースが相当速かった気がする。



「珍しいね、兄上。ヤケ酒?」

「‥‥‥‥お前が傍に居ないからだろうが」

「‥‥‥え」



からかうつもりが真面目に返されて、軽く頬が朱に染まる。



「‥‥ああ、すまない。別に蒸し返すつもりではないんだ」



思い直したように謝ってきて、先程の喧嘩を繰り返さないようにするけれど。

『お前が傍に居ないから』

それで胸がいっぱいになる。
ゆきは、ただ九郎の顔をじっと見ていた。



「その、つまり‥‥‥特別な日はお前が傍に居て当然だと思っていた、俺の我が侭だな」



視線に気付いて、九郎も真面目にゆきの眼を捉える。



「‥‥怒ったのか?」

「ううん。ね、兄上‥‥」




どうしよう。
うれしい。

泣きたい位嬉しい。


どうにも嬉しさが隠せない。

九郎と喧嘩するのは嫌だし、なかなか素直になれない自分も嫌で。
今日なんか九郎の誕生日なのに、と物凄く落ち込んで、哀しかったけれど。



それでも今彼の本音を聞けて、大事に想われてるんだと知った。


(この気持ちをどうしたら返せるのかな)




「‥‥兄上。名前で呼んでいい?」

「は!?‥‥‥あ、ああ。好きに呼べばいいだろうっ」

「うん。九郎‥‥‥さん?」

「‥っ!!」



ふいと顔を逸らしたものの、耳が真っ赤。

更に嬉しさが募る。



「九郎、さん‥‥‥九郎さん。大好き。誰よりも好き」



溢れ出る想いをそのまま言葉に込めれば、真っ赤なまま九郎がこちらを向いた。

それから、ふっと表情を緩める。



「‥‥‥‥お前には、敵わないな」



お互いの顔がくっつきそうな距離に抱き寄せられた。

大胆な自分に照れくさくて困ったように微笑うゆきに、九郎も照れた笑顔を浮かべた。

両頬に手を置かれて、そっと上向かされる。



「んっ‥‥‥」


唇に柔らかなそれが重ねられた。

知らず小さく声が漏れて、同時に強く抱き締められる。






遠くで聞こえていたどんちゃん騒ぎも、いつの間にか止んでいて、それも気付かなくて。

明日になれば弁慶を始め、ギャラリーだった何人かにからかわれる事も、気付かない。



「来年もこうして祝ってくれ、ゆき」

「‥‥ん」






重ねた唇から、おめでとうの気持ちが伝わるように‥‥‥。

腕を伸ばして首に巻きつけて、九郎のそれに、軽く音を立てて吸い付いた。












兄上、じゃ無くて、名前で呼ぶのに慣れる頃


二人の関係は、きっと新しいものになっている。







目覚めは君のとなりで



  
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