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「‥‥そこに居るんだよね、椿殿?」



景時が唐突に呼びかける。



「‥‥‥はい」

「こっちに来てくれる?」


束の間の空白。



何もなかった庭に突如淡い光が現れ、人型を取った。

現れたのはゆきとここ数日共にいた女。



「本当はもう、知っているんだよね?」


景時の声は問い掛けではなかった。
それは、確認。


「‥‥はい」



そして女も同じことを感じたのだろう。
ゆっくりと頷いた。



「分かっていたのです。けれど、どうしても会いたくて‥‥諦められなかった」

「‥‥すまない、椿殿」

「いいえ。謝らねばならぬのは私の方です。ゆきさんを私の望みの為に‥‥叶わぬと知っても、それでも‥‥振り回してしまったのですから」

「いや、こいつは好きでやったんだ。椿殿が謝ることではない。それに」

「どうかそれ以上は何も仰らないで下さい」



九郎の言の葉を首を振ることで止めた椿は、優しく笑った。


一体何の事なのか。ゆきにはさっぱり分からない。
それなのに自分以外は皆には通じているようで、余計に不安になった。


「ま、待って。何なの?訳がわかんないよ」


掴まれたままの腕を開いた方の腕で引けば、九郎がこちらを見る。



‥‥なぜ、そんな切ない眼でゆきを見るのだろう。




「兄上‥‥?ね、何の話なの?」

「ゆき、椿殿の許婚だった男は‥‥先の戦で討ち死にした」

「‥‥‥は?」


(だって、それじゃ‥)



「椿という美しい許婚がいるのだと、雪で遊ぶ約束をしたから何としても彼女の元へ帰る‥‥死者の中にそう言っていた男がいたそうだ」

「‥‥だって、それじゃ椿さんが」




‥‥‥椿は恋人に謝りたいと言っていたのに。

病に勝てず、先に死してしまった事を詫びたくて、その一念で怨霊となってしまったのに。


その彼がもう、この世にいない、なんて‥‥。




「‥‥本当は薄々分かっておりました」



静かな声音に、閉じていた瞼を上げれば、柔らかく笑う儚い姿があった。



「初めて声を掛けたのも、幸せそうな貴女達があまりにも似ていたから‥‥私達に」


笑いながら、椿はゆきをじっと見ていた。

今にも泣きそうに眼を歪めている彼女を。


「そして、あなたに甘えてしまったのは‥‥‥貴女なら分かってくれると思ったから」

「‥‥‥うん」

「ありがとう」



礼を述べると椿は九郎を見た。
視線が絡むのは一瞬。九郎が眼だけで頷くと、満足したかのように笑う。


それが合図だったかのように、それまで静観していた望美が一歩前へ出た。

清冽なる白い空気が辺りを染める。




この光によってこの身が、未練が浄化される。
それを椿は歓喜を持って感じた。



「‥‥お願いします」

「はい」



望美の手から生まれる優しい光。


それからはっきりと‥‥‥自分の名を呼ぶ、愛しい声が聞こえる。


やっと会える‥‥

喜びに包まれて椿は眼を閉じた。

















「だから俺は反対したんだ」



椿が消えてゆくのをじっと見守って、望美と景時が気を利かせて邸に帰ると、即座にゆきを抱き寄せた。




腕の中で嗚咽が漏れるほど泣く少女。




‥‥‥こうなると分かっていたから、自分は反対したのに。


「お前は優しいから情を移してしまうんだ。そして最後には泣く‥‥」


ほんの数日、ほんの少し共にいただけでもこんなに泣くのだから。


「‥ち、違う‥‥ちが、う‥の」



ゆきは必死で首を振る。

何度も首を振って、顔を上げた。
九郎を見つめる栗色の眼は真っ赤で、尚も涙が溢れている。


「あにうえ‥私ね、いつか椿さんのようになるかもしれないの」

「‥‥は!?馬鹿かお前は 「聞いて」


熱くなった九郎を静かに、だが確実に冷ますとゆきは言葉を紡ぐ。




‥‥‥いつか、自分たちも離れ離れになるかもしれない。
約束を交わしても、交わせば交わすほど‥‥別れが怖くなる。

戦の時代、誰が命を落としてもおかしくはないのだ。
椿の恋人のように。



増してや九郎は源氏の総大将。その首を狙う者など平家には掃いて捨てるほどいる。

彼さえ討ち取れば、源氏の士気は半減し、統率も乱れるのだから。




「‥いつか兄上がいなくなったらどうしようって、ずっとね、考えてた」

「‥‥‥ゆき」

「だからね、椿さんが他人事に見えなくて」



自分と別れる事を恐れて泣いている、ゆきを九郎は強く抱き締めた。

呆れられた、と固まる彼女の耳に頬を寄せた。




「‥‥‥俺はお前の側にいる。源氏の大将としてこの約定を破ってしまっては、兄上に面目が立たんだろう」

「‥‥‥そこで頼朝さんが出てくるんだ」

「当たり前だ。兄上が創り上げようとなさっている世の中にする為に俺は戦っているんだ」



‥‥ここで頼朝が出るあたりが、九郎。


ゆきはたった今まで泣いていたのも忘れ、笑った。


その晴れやかな笑みにほっとしたのか。
九郎も笑う。

そして、眼を煌かせて悪戯そうに鼻を鳴らした。


「その俺が、惚れた女との約束も守れないようでは兄上に見捨てられてしまうからな」

「‥‥‥ぷっ。何それ」






それから無言で重なる影に、白いものがちらちらと舞い落ちる。

離れた唇に熱が残ったままの二人が、それに気付いたのは‥‥‥少し後。



「‥‥初雪だね」

「ああ、綺麗なものだな」

「‥ふ〜〜〜〜ん、そう」

「‥‥だが、雪や花よりも、お前の方が綺麗だと俺は‥‥‥」




ついぽろっと零れた本音。

しまった、と気付いた時には手遅れだった。






「もう一度言って」

「ば、馬鹿かお前は!」

「え〜?言ってよ兄上」

「い、いい一度言っただろうが!」

「言って欲しいな〜?お願いっ!」

「‥‥‥!!帰るぞ!」



さっきまでしおらしく泣いていたのは一体誰なのか。

すっかり元気を取り戻したゆきに呆れたふりをしながら、九郎はさっさと歩き出した。



「言ってくれたっていいじゃんケチ九郎!!」

「なっ‥‥お前は子供か!?」









耳の奥で、ほんの少しだけ側にいた女が優しく笑う声がした。












白い雪と共に消えてゆく



 

  
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