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あれから幾日も過ぎていた。
依然として、九郎とは会話のない‥‥

それどころか、忙しいらしい九郎は京邸に帰る事もなくなった。





「‥‥ゆきさん、本当に良いのですか?」

「いいんです。あんな頑固者は置いといて、探しましょう椿さん!」



椿と呼ばれた女は申し訳なさそうな顔で立っていた。

その姿は溜め息が出そうなほどに綺麗で、儚くて‥‥悪いことをしそうになんか見えない。


(それに、この人からは敦盛くんみたいに綺麗な気を感じるんだよ)



そう。京を脅かす怨霊たちとは違い、彼女から流れてくるのは優しく清らかなもの。



哀しみと切なさと‥‥‥恋人を想う痛いほどの恋心。


あの日は一晩考えて、ゆきは再び同じ場所に来たのだ。
ここにいれば会えると思って。

そして「ただ話を聞いて欲しかっただけ」と言い募る怨霊の女を説き伏せて、恋人を探すと請合ったのだ。




探すといっても陰陽師のゆきは独特の方法を用いる。

眼を閉じて意識を集中して気を手繰り寄せていくといったもの。



「ですが‥‥貴女の恋人は心配しているのでしょう?」

「いいの!それよりも椿さんの恋人さんのお話を聞かせてください」




本音を言えば寂しい。
九郎に会えなくて、辛い。
仲直りしたくて胸が痛んだ。



けれど眼を開け不安を隠して、にっこり笑うゆき。

その笑顔に女は眩しそうに眼を伏せて‥‥ぽつんと笑う。




「‥‥‥約束をしていたの」

「約束?」

「ええ‥‥‥‥戦が終われば二人で雪遊びを致しましょうと。私は身体が弱くて、外になど出られなかったから‥‥そして共に生きていこうと」




呟きは風に乗った瞬間。

ゆきが眼を瞑るほどの突風が吹いた。



























ひゅうっと、一瞬だけ吹き荒れた雪の向こう。

朧気に見えるのは男女。


(‥‥あれは、椿さん‥‥?)


仲睦まじく寄り添うのは、過去の椿達。
ゆきは直感でそう思った。





















『‥‥‥約束しよう。私は生き延びるから、貴女は病に勝つと』

『‥‥‥‥‥‥そして貴女と共に、雪の野を駆けよう』

『愛しい愛しい‥‥椿』






遠くて姿はよく見えないけれど、その声はとても優しくて‥‥‥

痛いほどの愛情が籠っていた。


























「‥‥‥今のは‥‥?」


幻は訪れた時と同様、唐突に消えた。

名残が残った口調でゆきは隣に居た椿を見る。


「椿さん‥‥‥?」


その姿はもう


消えていた。



























「‥‥‥ゆき!」

「兄上‥‥‥?」



翌日。
昨日の椿が気に掛かったゆきがまた出かけようとした。
空は曇天。
もうすぐ、今年初めての雪を降らせる‥‥そんな寒気を感じる。

掴まれた腕に眼をやり上に視線を辿れば、眉根を寄せた九郎がこちらを見下ろしていた。



「‥‥‥離して、兄上」

「駄目だ。今日は外に出るな」

「俺は知らないと言ったのは兄上でしょ?離してよ」



睨み返すゆきの顔には、疲労の色が濃く残っていた。

‥‥‥無理もない。元々決して丈夫ではないのだ。

ここ数日、恋人を探すといった名目で外で一日過ごしていれば、疲れも重なる。

まだ風邪を引いたりしないだけましだろう。

だが、これ以上続けていればゆきが倒れるのは眼に見えている。



「‥‥‥ごめん、ゆきちゃん。水を差したくはないんだけど‥‥」

「景時さん‥‥‥と望美ちゃん?」


景時に声を掛けられて初めて、九郎の背後にいた二人に気付いた。

半ばぼうっとしながら再び九郎を見る。
二人がいる訳を聞こうとして、気付いた。



「‥‥望美ちゃん、もしかして‥?」



望美は白龍の神子。

この世で唯一、怨霊を浄化できる存在。



彼らの意図に気付いて、ゆきは必死で首を振る。



「だ、ダメだよ!!椿さんを浄化しないで!まだ、まだ‥‥!!」









椿の恋人を見つけると約束したのに。







「聞いてくれ、ゆき。もう無理なんだ‥‥どれだけ探してもその男は見つからない」

「兄上‥‥どういうこと?」

「九郎がね、何日も徹夜で調べたんだよ‥‥‥その、彼女が言っていた様な兵が源氏にいたのかね」

「兄上が‥‥?」

「お前のことだ、一度言い出したら聞かないからな」



だから、ここ暫く京邸に姿を見せなかったのか。

普通に止めたところで、ゆきは探す事をやめないから。
こうして一日中、集中し続けて疲労を積み重ねるといった無茶を続けるゆきの為に。


‥‥徹夜で。



ゆきの眼に涙がうっすら浮かぶ。
九郎は一瞬眼を見張り、それから優しく和ませて彼女の頭を撫でた。



  

 
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