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お茶を入れて来るね、と腰を浮かすゆきを制して。九郎は自ら厨に向かった。



鞍馬で過ごした幼少の頃に、茶を入れる事も身に着いている。
慣れた手付きで湯を沸かしながら、一人考えに耽った。


‥‥‥どう切り出すべきか。

二人のこれからを決定付ける一言を。















九郎の視線の先には、ゆきが手渡された湯呑みを両手で包み、ふぅふぅと息を吹き掛けている。

紅を引いた訳でもないのに仄かに桜色した艶のある唇。
伏せがちの眼に掛かる睫毛が長く、普段より一層女を感じさせていた。


「そういえば今日はやけに静かだね」


ゆきは、息で湯気が吹き飛ぶのを面白がりながら、ふと感じた事を口にした。

だが、返事が返って来ない。

どうしてなのかと不審に思い、ゆきは顔を上げた。


「兄上?」

「‥‥‥あ、ああ、その‥‥‥なんだ」



何故か決まり悪そうに視線を逸す九郎に、益々疑問が沸いて来る。
しかも頬が赤い事も気に掛かる。
ゆきは覗き込む様に九郎の眼を捕らえた。


「‥‥‥どうかしたの?」

「‥‥‥いや」


眼が泳ぐ。

やがて九郎は、はぁと息を吐いた。
そして湯呑みを口に運んだゆきの正面に座り直した。



「衛士以外は今日は人払いをしている。

‥‥‥お前と過ごす為に」



「‥‥‥っ!?ぶほっ!!ごほごほっ!!」



含んだばかりの茶で噎せたゆきは、片手で口を押さえて咳込む。



今、物凄く意味深な言葉を聞いたと思ったのは‥‥‥気のせいだろうか。



「大丈夫か」



涙ぐむ程にごほごほと繰り返すゆきの背を、九郎は撫でた。
優しく、力強く。


やがて呼吸は楽になる。


噎せた口許にあて、咳を押さえていた手をずらして、涙を拭ったゆきは顔を上げた。



「‥‥‥ん。もう大丈夫」



返事をしながらゆきは驚く。
予想以上に近い距離に、九郎の眼。





絡む視線。






背中を撫でる九郎の手はいつしか止まっている。
しん、と静まり返った室内に、二人だけ。

ゆきの頬はもう真っ赤だった。



「ゆき‥‥‥」

「‥‥‥あ、のっ」

「どうした?」

「‥‥‥えっ‥‥‥と」



(ど、どうしようっ)


流石にこの状況が、普段の二人と違う事くらい、幾らゆきでも分かる。



ゆきを見つめる九郎の眼が熱いから。

ぐっ、とゆきは引き寄せられれば、吐息が触れそうな程に近い二人の距離になった。

片手で持っていた湯呑みは九郎に取り上げられて、脇へ退けられる。


「あにうえ‥‥‥」


まだ飲んでないよ、と言おうとして‥‥‥ゆきの頬は九郎の唇を受けて固まった。



「ゆき‥‥‥お前が欲しい」



囁く声もいつもと違って、掠れている。




どくん、どくんと、自分の心音が九郎にも聞こえそうで。
ぎゅっと目を閉じる事で、辛うじて音が洩れない様に願った。




次の瞬間、触れる唇。




いつもと違い最初から激しく絡めて来る舌の動き。
ゆきはついてゆくのがやっとだった。


「‥‥‥ん‥‥‥」


重ね、ぶつかるような口接けの合間、零れた小さなゆきの声が
‥‥‥九郎の理性を飛ばした。



「‥‥‥ゆき‥‥‥いいか?」

「えっ!?‥‥あ、あのっ‥‥‥」

「駄目なのか?」



そんなこと聞いて来ないで、と言おうとしたけれど。


唇を離して聞いて来る九郎が、余りにも切なそうだったから。
その眼が、あまりにも綺麗だったから。

ゆきまで切なくなった。



「‥‥‥ここじゃちょっと‥‥‥」

「ああ分かっている。俺の部屋に行こう」



今すぐ押し倒したい衝動をぐっと堪えて、九郎はゆきを見る。


潤む眼は口接けの余韻からだろうか。
それとも困惑か。
或いは‥‥‥誘っているのか。


頬も赤く、求める様に見上げていた。




壊さない様にそっと、抱き上げる。


自室迄はすぐなのに、逸る心には遠く感じた。







 

 
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