(2/3)
お茶を入れて来るね、と腰を浮かすゆきを制して。九郎は自ら厨に向かった。
鞍馬で過ごした幼少の頃に、茶を入れる事も身に着いている。
慣れた手付きで湯を沸かしながら、一人考えに耽った。
‥‥‥どう切り出すべきか。
二人のこれからを決定付ける一言を。
九郎の視線の先には、ゆきが手渡された湯呑みを両手で包み、ふぅふぅと息を吹き掛けている。
紅を引いた訳でもないのに仄かに桜色した艶のある唇。
伏せがちの眼に掛かる睫毛が長く、普段より一層女を感じさせていた。
「そういえば今日はやけに静かだね」
ゆきは、息で湯気が吹き飛ぶのを面白がりながら、ふと感じた事を口にした。
だが、返事が返って来ない。
どうしてなのかと不審に思い、ゆきは顔を上げた。
「兄上?」
「‥‥‥あ、ああ、その‥‥‥なんだ」
何故か決まり悪そうに視線を逸す九郎に、益々疑問が沸いて来る。
しかも頬が赤い事も気に掛かる。
ゆきは覗き込む様に九郎の眼を捕らえた。
「‥‥‥どうかしたの?」
「‥‥‥いや」
眼が泳ぐ。
やがて九郎は、はぁと息を吐いた。
そして湯呑みを口に運んだゆきの正面に座り直した。
「衛士以外は今日は人払いをしている。
‥‥‥お前と過ごす為に」
「‥‥‥っ!?ぶほっ!!ごほごほっ!!」
含んだばかりの茶で噎せたゆきは、片手で口を押さえて咳込む。
今、物凄く意味深な言葉を聞いたと思ったのは‥‥‥気のせいだろうか。
「大丈夫か」
涙ぐむ程にごほごほと繰り返すゆきの背を、九郎は撫でた。
優しく、力強く。
やがて呼吸は楽になる。
噎せた口許にあて、咳を押さえていた手をずらして、涙を拭ったゆきは顔を上げた。
「‥‥‥ん。もう大丈夫」
返事をしながらゆきは驚く。
予想以上に近い距離に、九郎の眼。
絡む視線。
背中を撫でる九郎の手はいつしか止まっている。
しん、と静まり返った室内に、二人だけ。
ゆきの頬はもう真っ赤だった。
「ゆき‥‥‥」
「‥‥‥あ、のっ」
「どうした?」
「‥‥‥えっ‥‥‥と」
(ど、どうしようっ)
流石にこの状況が、普段の二人と違う事くらい、幾らゆきでも分かる。
ゆきを見つめる九郎の眼が熱いから。
ぐっ、とゆきは引き寄せられれば、吐息が触れそうな程に近い二人の距離になった。
片手で持っていた湯呑みは九郎に取り上げられて、脇へ退けられる。
「あにうえ‥‥‥」
まだ飲んでないよ、と言おうとして‥‥‥ゆきの頬は九郎の唇を受けて固まった。
「ゆき‥‥‥お前が欲しい」
囁く声もいつもと違って、掠れている。
どくん、どくんと、自分の心音が九郎にも聞こえそうで。
ぎゅっと目を閉じる事で、辛うじて音が洩れない様に願った。
次の瞬間、触れる唇。
いつもと違い最初から激しく絡めて来る舌の動き。
ゆきはついてゆくのがやっとだった。
「‥‥‥ん‥‥‥」
重ね、ぶつかるような口接けの合間、零れた小さなゆきの声が
‥‥‥九郎の理性を飛ばした。
「‥‥‥ゆき‥‥‥いいか?」
「えっ!?‥‥あ、あのっ‥‥‥」
「駄目なのか?」
そんなこと聞いて来ないで、と言おうとしたけれど。
唇を離して聞いて来る九郎が、余りにも切なそうだったから。
その眼が、あまりにも綺麗だったから。
ゆきまで切なくなった。
「‥‥‥ここじゃちょっと‥‥‥」
「ああ分かっている。俺の部屋に行こう」
今すぐ押し倒したい衝動をぐっと堪えて、九郎はゆきを見る。
潤む眼は口接けの余韻からだろうか。
それとも困惑か。
或いは‥‥‥誘っているのか。
頬も赤く、求める様に見上げていた。
壊さない様にそっと、抱き上げる。
自室迄はすぐなのに、逸る心には遠く感じた。
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