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「ゆきさん。辛い時は吐き出すのが一番ですよ」
邸につき着替えたゆきを自室に呼んで、現れた瞬間の弁慶のこの一言。
入り口にたつ彼女に微笑み、室内で胡坐を組んでいた。
すぐに涙が滲む自分の弱さ。
こんな自分をゆきは詰りたかった。
「‥‥‥なんの、事ですか‥‥‥」
「よく我慢しましたね。でも、辛いでしょう?僕は誰にも言いませんから」
今のうちに泣いておきましょうね。
もう、どうして。
勝手に涙が出るのだろうか。
さっきの雨のように大粒の雫がぽたぽた落ちて、
床を濡らしていった。
張り詰めた糸が切れた様に、へなへなと入り口に座ってしまう。
正座を崩した姿勢のまま床に蹲って、それでも涙を止めようと頑張ってみた。
舞を‥‥‥望美を見つめる、熱い九郎の眼。
『この者は将来を誓い合った私の許婚です。
たとえ後白河院の頼みでも、お譲りするわけには参りません』
二人の絡む目線。
抱き寄せた九郎の力強い腕。
何も言わず背中を静かに擦る弁慶の手は優しくて、ゆきはもう涙を止められなかった。
いつかこんな日が来ると、分かり切っていたのに。
どこかで期待していた。
望んでしまっていた。恋に気付くよりもずっと前から。
幼いとも取れるかもしれない願いを抱き締めて。
九郎が想う、ただ一人の『女』でありつづけたかった。
それが例え、恋じゃなくても。
‥‥‥妹でもいいと。
(私ってば本当に嘘つき。妹でいいなんて、嘘だよ)
九郎の気持ちが何処にあるか、ゆきには分かる。
親密な距離に居たゆきだから、痛いくらいに分かってしまった。
ゆきの真実の願い。
それは九郎が想う、ただ一人の『女』でありたかった。
恋人と、して。
兄上
兄上
(‥‥‥九郎、さん)
背中を撫でる弁慶は、ゆきが泣き止むまで何も言わなかった。
残酷な気持ちを擽る瞳
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文中に出て来た、転び掛けたゆきちゃんの手を引っ張ってくれたのは朱里さまのサイト、恋ノウタの連載ヒロインです。
↑のサイトの連載「ACT,8陽だまりの歌」にも、同じシーンでうちのヒロインが出演しています。
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