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舞台がよく見える特等席ともいえる桟敷。

幾人目かの白拍子の舞を見ていた。


どの舞も綺麗だな、とは思う。
だが、どれが優れているかなんて、ゆきにはさっぱり分からない。


「雨乞いの舞は優劣を競うものじゃないわ」


ゆきの呟きが聞こえたのか、隣でクスクス笑いながら朔が言った。



「そうなの?」

「ああ、要は祈りを神に届けて雨を降らせればいいんだよ、姫君」

「舞は、神への祈りと感謝が起源ですから」



ヒノエと弁慶にふうん、と返してゆきは再び舞台に眼を遣った。

丁度白拍子が舞い終えたところに、一人の恰幅の良い壮齢の男が苛立たしげに立ち上がる。
どうやら「雨など降らぬではないか」とすっかりご立腹の様子。


僧侶にしては華美に過ぎる上質な衣装や
その男に追従する様に九郎を責める貴族の様子などから、男が後白河院である事はゆきにも分かった。


(兄上も大変だな)


あんまり酷いようなら術を使って転ばせてやろうか。

と密かに思ったゆきの思念を読んだかのように、後白河院がこちらを見た。



(ひえぇぇっ!!)


後ろめたいゆきは思い切り動揺している。


院が何を言っているのか、それまでは聞こえない。
そして怖くて聞きたくない。
















「私は出家の身。舞うことは出来ません」


九郎に呼ばれた朔と望美、そしてゆき。

舞を舞ってくれないかとの要請に、つん、と横を向く朔。
貴族の男が怒ろうとするが「まあよい」と後白河院が機嫌よく流す。

次にゆきに眼を止めた。


「では娘。そちは?」

「‥‥‥はい?」

「院。こいつは‥‥‥」



きょとん、としているゆきの腕を九郎が引き寄せる。



「私が舞います」



決然とした硬い声は望美から発せられた。


「ほう。そちが舞うのか」

「はい、九郎さんが望むなら」


逡巡の後、頼む、といった九郎に向かって、
望美は笑顔でうなずいた。


















‥‥‥その舞は、今までに見てきた白拍子のものとは、明らかに違っていた。
あまりにも綺麗で眩しい望美の舞。

細い腕がゆっくりと花の様に開く。

舞扇が流れるように、翻る。



身に纏うのは、普段と変わらない薄桃の衣装なのに、彼女自身の光が包んでいるように見えるほど。


そこにいるのは人にして人にあらず。

穢れなき光。





「綺麗だねえ‥‥‥」

「ええ‥‥‥」



うっとりとゆきが呟けば、隣で朔も頷いた。










‥‥‥望美が舞い始めて少し経った。
濃い水の気配にゆきが顔を上げた。

さっきまで青空だったのに、今はすっかり曇天だった。



「曇ってる‥‥‥」

「‥‥‥本当。凄いわね、望美の舞は」



ぽつ。
ぽつ、ぽつ。

頬に濡れる大粒のものを感じた瞬間、雨は激しく降り始めた。



「雨だ!!」と雨粒を掬うように手を翳す者もいれば、濡れるのはご免と帰る者。
慌てて念の為に用意していた雨具を取り出し被る者など、神泉苑に集う人々は我に返ったように動き始めた。





静まっていた空間に、再びの喧騒が満ちる。






望美は舞い続ける。
終えた時に雨が止む事を知っているから。


「ゆきさん。君は熱を出しやすいんですから、これを被ってください」


差し出された弁慶の外套をゆきは無意識に受け取り、そのまま力なく腕を下げた。

呆然とした様子のゆきを気付かせようとして、弁慶は彼女の手に気付く。




きつくきつく外套を握り締める‥‥‥その指先は白くなっていて。
大きくて、いつもくるくる表情を変える眼差しは、ただ一点を見詰めていた。


胸が締め付けられそうな切なさを、見ている弁慶が感じるほどに。


‥‥‥仕方ない。
弁慶はゆきから外套を取り、彼女の頭に掛けてやった。


と、そこで我に返り、眼に力が戻った少女に笑い掛ける。



「‥‥‥風邪を引かないように」



いいですね?と眼で問えばやっと、頼りなく笑った。

















白き輝き。

そう形容せずにはいられなかった、望美の舞が終わると同時に雨も止んだ。

舞台から降りた望美は、朔や八葉達の賛辞に嬉しそうに顔を綻ばせていた。


遅れてやってきた二人連れに驚く。
弁慶が二人、に見えたが違った。

珍しく外套を被っていない弁慶と、真っ黒ずめのゆき。
恐らく、ゆきがまた熱を出さないように、と弁慶が被せたのだろう。



「望美ちゃん、凄く綺麗だったよ」

「‥‥‥うん。ありがとう」

「見事であった。この舞手、気に入ったぞ。
九郎、世に譲ってくれぬか」



ほんのりと笑う二人の空気を裂く様に響いた音声に、彼女達は勿論、
その内容に、一同は眼を見張った。

振り向いた先には後白河院がいた。
ただ居ただけでなく、口元に喜色を浮かべて。


しん、と静まる場内。
どう断ればいいか考えあぐねた様子の望美に、後白河院はしつこいほどに言い寄る。

何としても我が手元に欲しい、と言わんばかりの態度にその場の誰もが辟易しつつ。


だが相手は法王。
最高権力者の前には、弁慶すらも無言だった。

下手に逆らう事など許されないのだから。
‥‥‥意を決したように顔を上げる、九郎を除いては。








「後白河院、お待ちいただけますか」



九郎が望美の肩を抱き寄せる。
赤くなる望美の頬。








「この者は将来を誓い合った私の許婚です。
たとえ後白河院の頼みでも、お譲りするわけには参りません」


そして、九郎も赤い。


















「‥‥‥ゆきさん」

「あ!私先に帰っていいですか?風邪引いちゃって迷惑をかけたくないし」


そう言って、外套を脱ぎ「ありがとうございました」と頭を下げるゆきは笑顔だった。

手早く畳まれたそれをまた自分が被って、弁慶は九郎達に眼を向けた。
後白河院を前に、真っ赤な顔の九郎が望美の肩を抱いている。


許婚と言う芝居なのに、真実のようにも見えるのは‥‥‥
二人が交わす目線からだろうか、
それとも、色付く表情からか。










「では僕も帰りましょう」

「いえ、私は‥‥‥」

「駄目ですよ。これは薬師としての責任ですから」



責任。
こう言えばゆきは弱い事を熟知していて、敢えて弁慶は口にした。

近くに居た朔に帰宅の旨を伝えて神泉苑を出る。

 

 
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