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「ちょっと九郎さん!!ゆきちゃんの手を離してあげて下さいよ!!」

「お前こそゆきの手を離してやればいいだろうが!!」

「いや、二人とも離して下さい‥‥‥」




この二人は、自分達の争いが低次元化している事に、気付いてないのだろうか。



ゆきはすっかり疲れて、溜め息を吐いた。

‥‥‥その時、だった。
















「‥‥‥さっきから大声で言い争う声がすると思ったら」




「‥‥‥‥‥‥え?」




門の中から聞こえた声に、腕を掴まれたまま、ゆきは固まった。



なぜ、気付かなかったのだろう。

望美が京邸にいる、という事は‥‥‥



「元宮が困っているでしょう?春日先輩も、九郎さんも」











「有川、くん‥‥‥?」

「久し振り。元宮も元気そうだな」







眼鏡の奥の眼を緩ませて微笑むのは、有川譲。

高校の同級生で、胸の奥で静かに終わったゆきの初恋の人だった。




「有川くん‥‥‥」


「そんな幽霊を見るような眼をしなくてもいいだろ?取り敢えず色々説明するからさ、中に入らないか?」


「‥‥‥うん‥・」




ゆきはよっぽど呆然としていたのだろう。

望美がそんな彼女を見て驚き、手を離した。



そのままゆきが譲と共に中に入ろうとしたけれど。

ぐっ、と益々強い力を込められた手首に気付く。




射抜く様な眼。

ゆきは、ふっと笑い掛けた。



「兄上、望美ちゃん。中に入ろ?」



手首を掴む九郎の手を、反対側の手でそっと解く。
そしてそのまま離れた手を繋ぎ直した。




「行こう兄上っ」




二人の関係を知らない望美の前で。

案の定びっくりしている望美に、少し恥ずかしそうにしながらも。



『兄上』と呼ぶゆきに、九郎は胸が一杯になった。






「行こうか。ゆき」

「望美ちゃんと有川くんの事、黙ってた言い訳を聞いてあげるからね、兄上?」

「あ、ああ」




ゆきの言葉を受けて、一瞬九郎の脳裏に浮かんだものは、朔に叱られしょんぼりしている景時の姿だった。
ゆきも同じ事を思い浮かべたのだろう。



二人、同時に互いを見る。

‥‥‥そして次の瞬間、同時に吹き出した。



「さすがに、ああはなりたくないな」

「ふふっ。景時さんはあれでいいんだよ。景時さんらしくて」



ひと仕切り笑った後、二人して望美を振り返った。



「望美ちゃん行こう?」

「中に入らないのか?」



「‥‥‥‥‥‥あ、ううん。入るよ!」



差し出されたゆきの空いた方の手をぎゅっと握り邸の中に入りながら、望美は驚いていた。




九郎の機嫌をいとも簡単に向上させた、ゆきに。



宇治川で会ってこちら、九郎と言い争う‥‥‥ぶつかる事が多々あった。
自分と九郎はよく似ている。
一度不機嫌になるとなかなか元に戻らない辺りが。



宇治川でも喧嘩をする度に弁慶や譲が宥めた。
気を取り直すものの、やはりわだかまりは残り、暫くは気まずい空気が流れていたのに。


ゆきの隣の九郎は、
とても宇治川での九郎と同一人物に見えなかった。









そこで望美はふいに思い出す。

宇治川での九郎と弁慶を。




『今頃何をしているでしょうね』

『‥‥‥‥‥‥』


返事こそないものの、あの時の九郎の表情は今と同じ。
望美が見た事のない、穏やかな表情。




























『白龍』と呼ばれた小さな男の子は、学校の渡り廊下で会った子供だった。

にっこりと笑った白龍が可愛くて、ぎゅっと抱き締めたゆきに、弁慶が話を始める。










「白龍の神子?望美ちゃんが?」

「白龍の神子をご存じでしょうか?」

「はい、師匠から教わったけど・・・」


ゆきは弁慶に答えながら、横目で望美を見た。


陰陽師として、安倍晴明の末裔の土御門家に修行中の身。
五行の気を読む事、が陰陽術の基本だという事だから、当然龍神についての基礎知識は身に着いている。



中でも白龍の神子と言えば、怨霊を『封印』出来る唯一の清らかな存在で・・・




「望美ちゃんが、白龍の神子・・・」

「無理はない、ゆき。俺だって最初はこいつが神子だと信じられなかったからな」

「私だってこんな怒りっぽい人が源氏の大将だって信じられませんでした!」

「何を!?」




またもやぎゃあぎゃあと言い争い始めた九郎と望美。
ぼけーっと眺めているのはゆきだけ。
他の面々・・・・・・弁慶と譲、梶原兄妹は慣れているらしくさっさと話を進めて行く。




「俺達は春日先輩の八葉なんだ」

「有川くんが?」

「僣越ながら僕もそうなんですよ。あとは景時と―――」

「九郎もなんだよ〜」

「・・・兄上も?」




聞けば、望美と譲は少し前にこの世界に来たらしい。
九郎達とは宇治川で出会ったそうだ。



「私が来た時とは随分ズレているね」

「そうだよな。‥‥‥だから、兄さんももしかしたら・・・」

「ああ、うん。将臣くんは三年前に来たって言ってたよ」

「元宮、兄さんと会ったのか?」

「うん。昨日ね、将臣くんと‥‥‥‥」


神泉苑を散歩して来たよ。
と言いかけて、ゆきは固まった。




















「兄さん?昨日会ったのは男なのか?」



‥‥‥ああ今、隣を見るのが怖い。



「い、いやいや兄上?もういい加減ワンパターンから抜けようよ?」

「わんぱた?何の事かは知らんが‥‥‥」

「ワンパターンだよ。意味はね、捻りがないってことで」

「意味などどうでもいい!昨日会っていたのは‥‥!?」

「それ、さっき言ったよね?」

「まさおと言う友達と会ったのは聞いたが、まさか男なのかっ!?」

「‥‥‥そんな名前の女の子はいないでしょ、普通」





げんなりして肩を落とすゆきと、しかめ面の九郎。





「‥‥‥九郎、ゆきさんと話があるのなら部屋に行って下さいね。僕達はまだ話がありますから」


弁慶が、爽やかな笑顔で九郎に言った。



「べ、弁慶さんの薄情もの〜!!」

「分かった。ゆき、来い!!」

「えええええっ!?」












(だ、誰か助けてっ‥‥‥!!)


ひょい、と荷物の様に抱えられて強制連行されて行くゆきが見たもの。





それは、九郎とゆきの関係を聞いてきた望美達に説明する梶原兄妹と、


俯いて肩を震わせている弁慶の姿だった。









そして、

「外出禁止だからな!!」


「何でそんなに小姑なのっ!?」





義理兄妹の元気一杯な声は、梶原邸の住人達の笑いを誘った。



無垢な叫び


 

  
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