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「すっかり雪が積もったな」

「うん」


まっさらな雪の上を、当たり前のように手を繋いで歩く。

振り返れば、二人の足跡が仲良く並んでいた。



「寒くないか?」

「私は大丈夫‥‥‥兄上は?」

「俺は今まで宇治にいたからな。川の側だった分、ここより寒かったぞ」

「それもあるけど、疲れてない?」



帰って来たのは深夜なんでしょ?と。

大きな眼で見上げてくるゆき。
九郎は目元を緩ませる。


「そうだったな‥‥‥忘れていた」

「忘れていたって‥‥‥兄上ってお茶目な人だね」

「馬鹿。からかうな!」


ニヤニヤ笑うゆきの首を、背後から締めに掛かる。

きゃあきゃあ逃げるゆきだが、案の定つまづいた。



「うわあっ」

「‥‥‥っ!!」


後ろから抱き付く格好で、ゆきの腰に腕を回す。が、雪の上という足場の悪い場所では――


「うっ」

「兄上?」



足元を雪に取られて体勢を崩すも、九郎は身体を反転させて、二人共にもつれ込む。



ぎゅっと眼を瞑っていたゆきは、来ると予測していた冷たい衝撃ではなく、暖かさを感じて‥‥‥眼を開ける。

目の前に広がる笹竜胆の紋様。
耳に聞こえる、どくんどくん、と波打つ鼓動。




「え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、うぎゃあっ」

「‥‥‥仮にもそれが年頃の娘の出す声か」



慌てて飛び退くゆきに、九郎は下から、素で呟いた。


「本当に、眼が離せないな。ゆきは」


「えへへっ」


「えへへっ、じゃないだろう」




身体を起こそうとしてたものの、雪に埋もって動きにくい。
ゆきの小さな手を借り、身体を起こす。







眼が合うと、ゆきは眩しいものを見るように笑った。









「おかえりなさい、兄上」


「‥‥‥ああ」


ただいま、と言うのは照れる。代わりに自分よりずっと小さな身体を、腕の中に閉じ込めた。

そんな九郎の照れがゆきには伝わったのだろう。腕の中で大人しく‥‥‥でも小さく、クスクスと笑う。

馬鹿、と言おうとして‥‥‥何を言い返されるか分からないので止めた。


「こうすると暖かいね」

「ああ、そうだな」


雪が舞い散る様がまた、桜の花びらのように見える。

この雪がやめば、きっと春がやってくる。
全てを溶かし緩ませる、花の季節。



新しい出会い
新しい夢


春が、くれば



「でもいいや」

「何の話だ?」

「‥‥‥ううん、何でもない」



こうしていれば、どんなに寒くても春のように暖かい、とは恥ずかしくて言えないけれど。



自分に厳しくて、他人にも隙を見せないこの人が、


「これは兎か?」

「あ、分かる?」

「当然だ。俺を誰だと思っている」

「源氏の柿好き」

「馬鹿!大人をからかうな」

「‥‥‥お、大人っ‥‥‥」

「なんだその眼は」


こうして自分にだけ見せてくれる優しい笑顔。


独り占め出来る自分が嬉しい。





「ところで、昨日は何処に行っていたんだ?」

「あ〜、まさお‥‥‥やべっ」

「まさお?誰だ?」

「‥‥‥‥‥‥き、気のせいっすよ、兄上?」

「誰なんだ?」










将臣という友達と会っていました。










(なんて言えるかっ!!)









ゆきは雪うさぎをもうひとつ作りながら、作り笑いを浮かべた。



「兄上、ほら見て!うさぎが二つ!」

「兄弟みたいだと言いたいのか」

「‥‥‥みたいでしょっ!?」

「ふっ‥‥‥ゆきは器用だな」

「ありがとう」




にっこり。
















「で、まさおとは誰なんだ!!」


「えええっ!?」


「大体一人で外出など‥‥‥‥‥何かあったら‥‥‥」


「げっ。またそのパターン‥?」













「まさおとは誰なんだーっ!?」



「ああもう友達だから友達!!」





「友達!?よ、嫁入り前の婦女子がそんなはしたない真似をっ‥‥‥!!」












「だからあんたは小姑かぁぁぁ!!!」













‥‥‥二人の叫び声は、雪の中に静かに溶けて行った。








ゆきが無事に嫁入りを果たすまで守るのが自分に課せられた、使命。

九郎の決意は鋼のように堅い。







心地よい束縛


 





  
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