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第二章:雪うさぎ
「あ‥‥‥雪」
朝起きて部屋の襖を開けるとそこは、一面の純白。
「どうりで寒いと思ったな」
ゆきが元いた時代よりもこの京の冬はずっとずっと寒いのだ、と。
去年の秋に時空を超えてきたゆきはよく知っている。
そしてこの京には、ストーブやエアコンといった文明の利器などないし、フリースやビニール素材などの暖かい素材もない。
何よりこの時代の建物の造りはとても風通しが良くて‥‥‥つまり、冬は凍えそうになるのだ。
人肌が切実に恋しくなる季節。
だけどもゆきは、元いた時代‥‥‥現代よりも京がずっと好きだった。
ここには大好きな人達がいるから。
現在彼らは宇治川にて木曽義仲との合戦に赴いている。
そしてゆきは、大切な姉のように慕うひとつ上の朔と、留守を守っている。
「‥‥‥っと、こんな場合じゃなかった!!朝ご飯の準備じゅんび!っと」
‥‥‥一昨日、梶原邸に早馬の伝令が来た。
兵の言う事が確かなら、今日は‥‥‥
かじかむ指先にはぁ〜っと息を吹き掛けて、廊下を走り出した。
嬉しくて、仕方ない。
「あっ‥‥‥」
突き当たりの角を曲がると、こちらに向かう男が二人。
急に角から躍り出たゆきを見て一瞬驚き、小さく顔を綻ばせていた。
「あ‥‥兄上っ!!弁慶さん!おかえりなさいっ!!」
とゆきが元気よく挨拶をして、九郎に向かって加速する。
「ゆきさん、また転び―――」
「うわっ――」
「―――!‥‥‥‥お前は‥‥‥‥」
また転びますよ、と弁慶が言い終える前に、案の定つまづいたゆき。
前に勢いよく傾く体を、九郎が腕で支える。
「びっくりしましたっ!」
「走るなと、いつも言っているだろうが」
「相変わらずですね、ゆきさん。ただいま」
「はい。弁慶さん、おかえりなさい」
九郎の腕にしがみつきながら体を起こして、優しく微笑む弁慶に笑い返した。
二人の間、少し前を歩きながら、ゆきは嬉しそうに話し出す。
「随分と朝早く帰って来たんですね」
「ええ。でも、着いたのは昨夜の事だったんですよ」
「お前はもう眠ったと、朔殿から聞いたからな」
「そっか。夕べは確か‥‥‥」
言いかけて、ハッとなる。
(い、言えない言えない)
まさか、九郎の居ぬ間に一人で外出して来た事など。
(朔まで怒られるしね)
姉のような彼女‥‥‥梶原朔は、「厳しいお目付け役がいない間に出掛けてらっしゃい」なんて言ってくれたのだ。
但し、門限付きだったが。
「昨日は?何かあったのか?」
「い、いいいいええ。何にも」
「??変なやつだな」
きょとんとしながらも特に疑う事もなく、九郎は庭に積もる雪に眼をやった。
「(相変わらず嘘が下手ですね)」
「(兄‥‥‥九郎さんには黙ってて下さいよ?)」
「(さぁ?どうしましょう?)」
「(もうっ弁慶さん!!)」
「ぷっ」
ゆきと弁慶は、激しく眼で会話‥‥‥現代で言うアイコンタクトといった物を展開している。
が、弁慶は絶え切れず噴き出してクスクス笑った。
「弁慶?どうした?」
「いえ‥‥‥ゆきさんが、九郎と出掛けたい素振りを見せてましたから、可愛らしくて」
(うそつき!)
こちらを見て、悪戯っぽく笑う弁慶を睨んだ。
「そうだな。久し振りだから出掛けようか」
「え?」
「俺がいない間、窮屈な思いをしただろう?」
「あ‥‥‥はい、窮屈でした、よ‥・」
いやいやとんでもない。
むしろ遊びまくったよ。
‥‥‥なんて、「一人外出禁止令」を出して来る義兄上の前では言えるべくもないけれど。
「‥‥‥弁慶さん、笑い過ぎですから」
「す‥‥すみません、余りにも‥‥‥」
「弁慶?本当にどうしたんだ?」
「い、いえ‥‥‥」
弁慶には、ゆきの嘘など全てお見通し。
気に入らないゆきだったけど、釣られて一緒に笑い出した。
取り残された九郎はムッとした表情で‥‥‥そんな彼を見てますます笑った。
「いってらっしゃい。‥‥‥ああ、会わせたい人がいますから、早目に帰って来て下さいね」
「会わせたい人?」
「ええ。今はまだ疲れて眠っているようですから、後で。九郎、くれぐれも‥‥‥」
「ああ、分かった」
くれぐれも、の先を聞く前に厨に着いたゆきは、不思議に思いながらもやがて忘れた。
「景時さん、おかえりなさい!」
「ゆきちゃ〜ん!会いたかったよ〜!」
景時に抱き付かれてぎゅうぎゅうと締め付けられた。
呆れ顔の九郎が引き剥がすまでそれは続き、その後景時は更に呆れ顔の朔にじろりと睨まれた。
久々の『団欒』は冬の寒さなど吹き飛びそうなほど暖かくて、この一時を迎える喜びを、誰もが感じた。
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