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ゆきは九郎に続いて河原に腰を降ろした。
立てた膝に顎を乗せる。


茜色の空に、細く棚引く鱗雲が綺麗だった。

九郎は、雲が流れてゆくのを眼で追っていた。


「そういえば、兄上は何で刀を手にしたの?」


ふと、以前から疑問に思っていた事を聞いてみた。

突然妙な事を聞いてくるやつだな、と言いながらも九郎は眼を細める。

逡巡の後。


「‥‥‥少し、長い昔話になるが」


口を開く九郎に、ゆきは静かに頷いて促した。


「‥‥‥俺がまだ鞍馬山にいた頃、随分と焦っていた。来る日も来る日も読経や修行三昧だったから」


九郎の父は、平清盛に敗れて討死した。

嫡男であり九郎の異母兄の頼朝は伊豆へ配流。

当時まだ幼子であった九郎は、母が清盛に懇願した事で命を救われたが‥‥‥鞍馬で僧侶となるべく寺に預けられた。


‥‥‥と、ゆきの世界でも余りに有名な話。

それを本人に向かって口にしたりはしないけど。



「源氏の‥‥‥武家の子として生まれた俺は、一生を神仏の為に捧げる運命だと諭されて生きていた」


しかし‥‥‥と、俯く。


「幼い頃から、否定している自分がいた。父上の仇が生きている、と。仇を打ちたいと‥‥‥御仏に仕えるのが性に合わないのもあったがな」

「あ、それ分かる。兄上は刀振り回して暴れてる方が好きそう」


なんせ牛若丸だもんね。
ゆきがけらけら笑うと、九郎は彼女の額を、指で軽く弾いた。


「いたっ」

「馬鹿、笑い過ぎだ。‥‥‥まぁ、あながち的外れでもないか」


フッと自嘲の笑みを浮かべて、九郎は再び空を見た。


「矢鱈滅法に刀を振り回して力を誇示していた時に、リズ先生に出会った」


ゆき自身出会った事はないが、九郎の口から何度か零れる名前。

その度に背筋が伸びる彼を見て、リズ先生と言う人がどれほど尊いか伝わってくる。


「リズ先生は、闇雲に力を誇示してはいけないとおっしゃった。

『目的の為に力を示さねばならない時もある
剣は、その手段だ
剣術を磨くことは
己の心を磨くのと同じ』

‥‥‥俺はそう教わったし、それが正しいと思う」


「己の心を磨く‥‥‥」



呟いて、ゆきも釣られて空を見上げる。



「先生の元で日々鍛練していた時、兄上が伊豆で挙兵したと聞いて、俺はいてもたってもいられなかった」

一旦言葉を区切って、九郎は握った拳に力を入れた。
当時の自分を思い出したかのように。



「平家だけの世ではなく、武家の者が、そして全ての者が明るく暮らせる世を作る。

‥‥‥兄上の目指す国を、お助けする為に俺はあるのだ、と」



そこで、九郎は長い息を吐いた。

ふと気付けばいつの間にか、一番星が空に煌めいている。
九郎は立ち上がり、ゆきに手を差し延べた。


「すっかり長くなってしまったな。すまない」

「ううん。兄上の話、聞けて良かった」



またひとつ、九郎の事を知ることが出来た。

優しいだけでなく、いつも芯が通っている、強い人だと。


(兄上の妹になれて、良かったよ)


大きな手に捕まって立ち上がりながら、ゆきは思った。


「もしも‥‥‥」

「はい?」


九郎の小さな声が聞こえなくて、ゆきは首を上げた。


「いや‥‥‥以前、俺はお前に兄と呼ぶように言っただろう?」

「うん。言ってくれたよ」


最初は随分と戸惑ったものだが、今はすっかり慣れた。

元いた世界で親を亡くし、引き取ってくれた人をも亡くしたゆき。

そんな彼女に取って「俺が兄となろう」の一言がどれ程嬉しかった事か‥‥‥。


「いつかちゃんと話そうと思っていた。
あの言葉は、ただ慰めで言った訳ではない。

俺は心底、お前を守りたいと思った‥‥‥この世界の、兄として」


「‥‥‥兄上、本当に?」


「こんな時に嘘などつくか、馬鹿」



顔が赤くなった九郎はふい、と眼を逸らす。
ゆきは、泣きそうになるほど嬉しかった。



「私も、兄上の妹になれて幸せだよ」



うっすら涙ぐむゆきの頭を、真っ赤な九郎の手がわしゃわしゃと撫で回した。



「俺は、女の扱いなどわからんからな」

「大丈夫!私は壊れないから!」

「確かにお前は女らしくないから‥‥‥大丈夫か」

「なんっか傷付くんですけど!」



いつしか辺りは星がきらきら瞬いていた。


邸に戻れば朔達に怒られるかな、なんて話をしながら歩いている。


「そういえば、ゆきは何故六条の邸に来ていたんだ?」

「へ?何でって‥‥‥お迎えだよ、兄上の」

「馬鹿か!一人で来るなど危ないだろう!!」

「あっ酷い!せっかくいい気分だったのに!」

「何を言っている!?一人で出掛けて何かあったら‥‥‥‥何か‥‥‥っ!!‥‥‥やっぱり一人外出禁止だ!」

「なんでっ!?」








‥‥‥兄上。

優しくて
強くて
大きな手も、眼差しも


大好きだけど‥‥‥



「あんたは小姑かぁぁぁ!!」



もう少し、過保護な性格をどうにかしてくださいね。







星が眩しくて

冷たい風が優しく感じる


秋の、終わり



たくさんの愛に包まれて


 

  
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