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足音は十分に忍ばせたつもり、らしい。
それでも陰形の術を使っていない彼女の、その気配に気付くのは容易だった。

此処は彼女の意図を汲んで、とてとてと小さな音に聞こえない振りをすべきか。

そうは思うのだが、つい。


「‥あ、敦盛くんに気付かれた」

「‥‥すまない」


膨れる頬を愛でたいと思ってしまう敦盛がいる。
ゆきへの溺愛っぷりは既に、公認とか周りを苦笑させるとかそんな段階を超えて、日常の光景。
つまり、「二人がセットでないとおかし過ぎる」と皆の中で位置付けられている。

更にそれを聞いた将臣が

『あー、漫才師みたいだしな。何回キャンディーズみたいな』

なんて茶化したが、その言葉に可愛らしい恋人が何故怒ったのか。
その『何回』なんとやらが一体何者なのか。
ゆきに聞いても困った表情を浮かべるからそれ以上は聞けず、敦盛には今でも謎だった。



そんな最愛のゆきが今、溜め息を零した。

いつもなら、膨れっ面か満面の笑顔を向けてくるのに。



「どうかしたのか‥?」

「えっ!?」


ぱっと顔を上げると、敦盛と眼が合う。

──どうやら泣いている訳ではない。

そんな小さな事にほっと安堵する自分は、もう末期だろうか。
彼女を泣かせる存在の悉くを許せなく思っているなど。


「えーと‥‥どうしたら望美ちゃんみたいなボンキュッボーン!になれるのかなあ‥‥って考えてたの」

「盆、急‥‥?」


一体それは何だろうか?
『盆』と呼ぶからには、ゆきの時代に行われた季節行事の一環かもしれない。


「敦盛くん、多分それ違う」

「そ‥そうか」


どうやら筒抜けらしい。

心を通わせて既に何度目かの季節が巡れば、流石に互いの勘違いには気付く。
そんな程度には絆が深くなったと言う事だ。
ひょいと覗き込んできた栗色の髪の娘に答えながら、それを嬉しく思った。

一方のゆきはといえば、自分の胸を見下ろしまた溜息。


「‥‥胸。望美ちゃんのほうがおっきかった‥」

「‥‥‥?」

「もっとこう、ボンっとなってさわり心地がいい方が、敦盛くんはいいよね?」

「‥‥‥触り、──っ!?」


敦盛は絶句した。

ゆきにだって分かっている。
胸の大きさなど比べるものじゃない。
けれどやっぱり、女として色々と思う事だってある。

もっとこう彼好みになりたい、──なんて思うのは当然。

はぁ、とまた溜め息を零しながら敦盛を見上げると、何故か彼は真っ赤になっていた。



「‥いや、‥‥それは」

「やっぱり、おっきい方がいい?」

「──!!」


言葉が全く出てこないから、代わりに思い切り首を左右に振る。

そんなつもりはない。
決してなかった。
敦盛の名誉のために強調しておくが、この時は断じていかがわしい気持ちではない。
けれど───つい視線が、胸元に行ってしまう。


「わ、私は──そのっ」

「その?」

「‥‥っ」


(私は、そのままでいいと思う)



その一言がどうしても言えない。

だって、柔らかそうで暖かそうな『そこ』。

いや実際に、鞠の様な弾力と心地好い柔さ。
それに敦盛をすっぽりと包む確かな熱を──もう、知っているから。


『そこ』だけでなく彼女を構成する全てが柔らかく暖かく、敦盛だけに向けられていると。


だからそのままで良い。
そう言いたいのに、青年らしく「色々と」思い出してしまった敦盛は赤面してしまう一方だった。


「‥やっぱり敦盛くんは巨乳が好きなんだね」

「‥‥‥?いや」


目の前で丸い眼を悲しそうに揺らして見上げてくる彼女に気付けば、たった今まで慌しかった動揺がすっと褪めた。

その代わりに、ふと頭をよぎる疑問。


ゆきは何故、今頃そのような事を気にしているのか。


その問いを口に乗せると、あっさり答えが返ってきた。


「将臣くんがね、敦盛くんくらいの青少年は望美ちゃん並の巨乳が好きに決まってる、って言ってた」


「‥‥将臣殿の言葉は虚言だ」


強く言い切って。
それから、ふわり、抱き締める。
最愛の彼女に真実を告げ、一瞬でも早く安心させてやりたいから。


「私は、ゆきだからいい。お、大きさではなく、その‥‥ゆきだから全て、触れたいと思う」

「ほんと?」

「‥ああ。他人を見る暇を惜しむ程、ゆきが愛しいのだから」

「──っ、嬉しい‥っ」


腕の中、柔らかな温もりが敦盛の背中に回される。

こんなに、こんなにも、幸福を実感させてくれる彼女の存在。
それ以上の何があろうか。


「‥‥好きだ」

「私も、だいすき」


ぎゅうっと抱き締めながら、余計な事を吹き込んだsの男を綺麗に流してやらねば、と敦盛は真面目に考えた。
今夜は局地的水害に見舞われるだろう。



cherry pink〜桃色妄想〜



 
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