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今度生まれ変わったら、あなたに似た子供を抱いて、一緒に歳を取りたい。






皺だらけの手を繋いで、公園を散歩できるような。



そんな運命を生きるの。














海の暁〜black〜
『還海』B












黒龍が目の前に立っている。




「五行の気が、強くなったからだよ」



最初から知っていたように、白龍がにっこり笑った。

‥‥気がゆきに語りかける。
確かに彼は、長年親しんでいる白龍の対なのだと。



(でも‥どうして、朔まで気付かなかったんだろう)



消滅した神が、突然戻ってくるなんて‥‥。

朔なら気付いたのでは?と考えたものの、すぐに放棄する。
白龍ですら気付いたのが直前だったのだ。
そんな物かもしれない。

それに、龍神についてゆきは精通していないのだから、憶測で計っても栓なき事。




「っ!?‥‥‥‥黒、龍っ‥!!」


あれから。
ゆきの叫びを聞きつけた面々が庭に集まって、黒衣の少年を強く抱き締める朔達を優しく見守っている。

黒龍の肩に伏せているから顔は見えないけれど。
朔の髪は小さく震えていた。

今の朔の気持ちは自分の事のように分かる。



(‥‥良かったね、朔)



ずっとずっと待っていた最愛の人に、やっと逢えて。


零れた涙をごしごしと拭って顔を上げた時、



「‥‥‥‥えっ‥?」



いつ、やって来たのか。
朔と黒龍を挟んでゆきの向かいに立つ彼を、見つけて。





どくん、と心臓が跳ねた。




「敦盛の五行の気も、満ちたね」

「‥‥ああ。彼のお蔭だ」



白龍を見て柔らかく微笑う敦盛を、ゆきは呆然と見ていた。
間違いなく、そこにいるのは敦盛だけれど。



(‥‥‥やっぱり)





 

あの違和感は間違いなかった。
今、はっきりとそれを感じた。


彼は───彼の気は、変わっている。



「え?‥‥白龍、敦盛さんの五行って何のこと?」

「僕にも教えてくれませんか?先程のゆきさんの言葉と何か繋がりがありそうですし」



彼から感じるいつもの、海のような深い水気。

そして感じるはずのない、命の波動。




「‥ゆき」



弁慶の言葉に少しだけ瞠目した敦盛は、ゆきに小さく笑いかける。



‥‥胸が、激しく鳴った。




「おいおい、何の話なんだ?俺達にも説明しろって」



将臣の声なんて耳に入らない。




「ゆき」



敦盛は真っ直ぐに名を呼ぶ。

大好きな、優しい声。



「敦盛くん‥っ!」



信じられなくて、溢れる想いとは裏腹に名を呼ぶことしか出来ない。


駆け寄って飛び付くゆきをしっかり受け止めた。



「どうして‥‥‥?」

「私の願いを、叶えてくれた」



感じる「鼓動」はゆきと、もうひとつ。
紛れもなく敦盛の胸から伝わってくる。


優しい腕は彼の想いの分だけ、熱かった。


腕だけじゃなくて、肩も、頬も、胸も

‥‥‥‥重ねあった唇も。








「お、お前達っ!何をしているっ!?」



べりっ。



「ぎゃっ!痛いってば!」

「あ、ああ、すまん!」



首根っこを引っ張られ尻餅をついたゆきに、九郎が慌てて謝るも、時既に遅し。



「‥‥うっ、いや、これは」

「‥‥‥‥‥‥九郎殿。私のゆきに何を、したのだろうか‥?」

「いいいや、おお俺はだな、お前達がふしだ 「天流瀑布」

「ま、待て敦盛‥‥‥っ!ま‥」












「とうとう九郎さんまで‥っ!」

「ふふっ、相変わらずゆきさんの事になると敦盛くんは強いですね」

「あれは水属性の他に、金属性と土属性の協力が必要で‥‥って、全員揃ってますね」

「うむ。金属性の譲と景時、土属性の弁慶と私がいる。効力も倍加されているだろう」

「げっ。俺の時よりパワーアップかよ‥‥しかも混乱の状態異常もオマケされるんだよな」

「あはは〜‥‥九郎、気の毒に‥‥成仏してね〜‥」

「野郎の安否なんてどうでもいいけどね。ところで朔ちゃんは中かい?」

「そうだよヒノエくん。私も中に入るね、また術かけるときに呼んでねって敦盛さんに伝言して下さい。行こう、白龍」

「うん!!」









「‥‥取り敢えず中に入ってお茶でも飲みながら、話を聞かせてくれませんか」



とにこやかな笑顔の弁慶に、誰も反論しなかった。

「一瞬あの世が見えた」と一部の人物は後に語る。









緩やかな陽射しの午後。
陽光が京邸に程よい温もりを与える。
思い思いに座りながらも緊張した場を、少しだけ宥めてくれるかのように。



「‥‥‥二年前、神子が私を封印してくれた、後の話になる」



しん、とした室内に響く言葉の内容に、ゆきの肩が揺れた。



「私の身体は浄化の光に融け、気が付けば海の中を漂っていた‥‥」

「敦盛は龍脈に還らずに、海の底を漂っていたのか?」

「ああ‥‥‥いや、譲。漂っていたのではなかったかもしれない」

「私に、引き寄せられたんだよ」

「黒龍に?何故ですか?」



黒龍は問いかけた弁慶を見、それから首を傾げて朔を見る。



「なぜ‥?わからない‥‥‥彼から、懐かしい気を感じた。とても、懐かしい私の対の気を。それから‥‥‥あなたの」

「‥私?」

「うん」




今の彼は朔の事を、それも「恋人」だった彼女を覚えていないのだろうか。
それでも彼女が自分の神子だと分かっているらしい。

そんな彼を、朔は優しく見つめていた。




「‥誰かに呼ばれた気がした。気が付けば、海の底で光る欠片の前に立っていた」

「光る、かけら‥‥?って、それって敦盛くん、黒龍の?」

「‥‥恐らく、以前、和議の時に砕けた逆鱗の一部だったんでしょう」

「あー‥‥あれか、清盛が持っていた」



昔、徐々に力を失った黒龍は、龍の姿を保っていられず人の姿になった。
それでも龍脈を巡る五行の力は衰えて行き、やがて喉もとの逆鱗のみを残して、彼の存在は消滅した。


その逆鱗は敦盛の伯父に当たる清盛の手に渡り、平家の怨霊を生み出す禍つ力の元となってしまう。


和議の場で、望美達が逆鱗を壊すまで‥‥‥。




「龍脈に流れる五行は、満ちた」



黒龍はゆっくりを言葉を探す。
人の言葉として伝わるようにゆっくりと紡ぐ。



五行は満ちた。


けれど、海の底の黒龍がその姿を構成出来るまで、まだ時間を必要としていた。

あと何年‥‥何十年か。

最高位の応龍の一面である彼の器が再生されるまで、時間が掛かるのは当然だろう。



けれど、引き寄せられた。

出逢ったのは、龍脈に融ける前の敦盛。



彼にかすかに残っていた黒龍の神子と白龍の気が、逆鱗を光らせた。




「‥‥だから、敦盛くんは還ってこれたの‥?」



恐る恐る訊ねるゆきは、敦盛の手をそっと握る。



「ああ」

「‥‥でも、怨霊のままだったのに、どうして今になって‥」



躊躇いがちに、敦盛の手に頬を寄せる。

‥‥暖かな手。



「どうして今になって、怨霊じゃ、なくなったの?」

「‥‥‥‥はぁっ!?」



話についていけない九郎の素っ頓狂な声が響く。







 


黒龍は告げた。


『私を待っている。
私の五行が姿を構成するまで、力を貸して欲しい』


敦盛は答えた。


『この身は穢れたもの。浄化され五行に還る。
あなたの願いには応えられない』






『出来るよ。あなたの身体を構成する力なら、今の私にも出来る───』





だから、時が満ちるまで

敦盛の中で眠らせて、と。







───また、ゆきに逢える。






狂おしいほど歓んだのは、一瞬だけ。

散々苦しんだ現実を、再び目前に突きつけられる。




また逢っても、怨霊の身で何ができるのか。

この手は、やがて再びゆきを傷付ける刃になるのに。


共に歩めないから、手を離さざるを得なかったのに‥‥‥。




俯く敦盛の前で。
逆鱗が強く、輝きを増した。



『私は黒い龍。時が満ちれば、願いを叶えられる。

───願い事は、何?』




























「すっかり夜まで話し込んじゃったね」

「‥‥ああ」



星が天を埋め尽くす勢いで輝く夜。


二人の姿はいつもの屋根の上
───ではなく、ゆきの部屋の中。




胸に頬を寄せ、打ち鳴らす鼓動を聞くゆき。



抱き締めれば湧き上がる愛しさと同時。

長い事忘れていた感覚に、敦盛は戸惑った。



「あ、敦盛くんドキドキしてる‥」

「そっ、それは‥‥‥ゆきに触れて、いるから‥‥」

「‥‥‥っ」



愛しい。

その分だけ、動悸が激しくなって苦しい。



昔、人間だった頃は恋を知らずにいた。

こんな風に脈打つ程の想いを、初めて知る。




ゆきの傍に還ってから、徐々に変化していった身体で、初めて知った。


それはまるで、新しい恋を経験したような感覚‥‥‥。




「不思議だと思う」



くすり。
笑う敦盛にゆきが顔を上げると、額に落ちてくる唇。



「不思議?」

「ああ。私は三度、新しい生を受けた」




この世に生まれ、怨霊として再び今世に戻り。

ゆきに出逢った。



そしてこれが、三度目の人生。




「こうして、貴女と共に生きてゆけるとは思わなかった」

「‥‥うん。ね、敦盛くん」

「何だ?」

「結局、みんなの前で言わなかったよね?敦盛くんの願い事」

「‥‥‥それは、」

「もしかして、弁慶さんが言ってたこと‥‥?」




その柔らかな肩をきつく抱き寄せた。

愛しい肩口に顔を埋めて、溢れそうになる万感の涙を堪える。




甦るのは、敦盛の後ろ姿に尋ねてきた弁慶の言葉。



『敦盛くんの願いは、人としてゆきさんと一生を過ごす事だったんですね?』






「‥‥いや、少し違う」

「え、ええっ?‥‥なあんだ、嬉しかったのに」



この腕の中に抱いていたい。
二人、共に生きていたい。


確かにそれを切実に願ったけれど。



「私の願いは、もっと欲が深いのだから」

「えーっ!?わ、わかんないよっ」



うんうんと頭を捻るゆき。
敦盛は声を出して笑った。




『───願い事は、何?』






願う事はただひとつ

昔も今も、

世界がどれ程変わろうとも


‥‥‥たったひとつだけ。





『ゆきの願いを叶えて欲しい。誰よりも幸せになるように‥‥』








最愛の存在と今度こそ共に生きてゆける喜び。


共に歳を取り、子を抱いて。

季節が移るごとに花開くゆきの笑顔を、感じられる。




───願う事すら許されなかった願いを、貴女は抱いてくれていた。




全身全霊の愛を感じた喜びに、眼を閉じた。










 完
20090531
 

   
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