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───願い事は、何?














海の暁〜black〜
『還海』@







「さぁってと、ゆきちゃん誘って買い物でも行こうかな」



望美が剣の稽古を終えて戻ろうとしていた時、



「敦盛くん敦盛くん」

「あぁ、‥‥‥‥」



(あ、ゆきちゃんだ)


タイミング良く馴染んだ声がしたのでそちらを振り返り、思わず目を見開いた。

それは呼ばれた敦盛も同様だったらしい。



「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥ゆき、どうかしたのか?」



(‥‥何がしたかったんだろう、ゆきちゃん)


首を傾げる敦盛の頬に、ゆきの指が刺さったまま。
いわゆる、後ろから肩をちょんちょんと叩いて振り返った所を指で頬に突くアレだ。

尤も、敦盛は意味が分からないらしいが。



「ちっ、やっぱり敦盛くんをびっくりさせられなかったかぁ‥」

「‥‥‥‥‥いや、今のは驚いた」

「驚いたんだ?」

「あぁ。ゆきをいつも見ているが、その‥予想が付かなくて、飽きない」

「敦盛くんっ‥それ、本当?いつも見てくれているの?」

「あぁ、勿論」

「嬉しいっ、私もいつも敦盛くんを見てるよ!」

「‥‥っ、ゆき!」



感激のあまり抱き付いたゆきを、敦盛はしっかり受け止める。



(あー‥‥‥買い物は朔と行こうかな)



いつもの事ながら、見事なラブラブっぷり。

そしていつもの事ながら、二人はお互いの姿しか見えないらしい。
望美の存在を完全無視して繰り広げられる世界。

溜め息を落として望美はその場を後にした。








「好き、敦盛くん」

「ああ‥私も」



敦盛に抱き締められると安心する。

力は誰よりも強いのに、ゆきに触れる時は壊れ物のように優しくて。



「ゆき‥‥」



少し擦れ気味の声で呼ばれる名前に、反射のように眼を閉じる。
そうしたら降りてくるものがあるって知っているから。

何年経ってもゆきを夢中にさせてくれる、大好きな感覚。

少し低い体温が心地好くて、離れるのが惜しい。



(ん‥‥‥‥あれ?)



「ゆき?」

「あ、うん?何でもないよ!」

「そうか」



どうしたんだろう。


ふと、違和感を感じた。


何か‥‥‥肌に纏う布地がいつもと違うような、そんな感じが。



(ううん、私が神経質になってるだけなんだ)



だって、敦盛自身は何もおかしな所がないのだから。




















「私の対が帰ってきたよ」



それは、たった一言。

短い言葉なのに、その場にいた者を皆固まらせるには充分な。

その夜の白龍の言葉はまさに皆を固まらせた。



「‥え?」

「望美、行儀が悪いぞ」

「ご、ごめんなさい」



ゆきがぼんやりと視線を向ける中で、望美の箸が止まり、ご飯がぽろりと落ちる。
しっかり見咎める九郎に謝るが、視線は白い神に向けられたまま。



「それは本当なの白龍?黒龍が‥‥あの人が、帰ってくるの‥?」



そんな望美の隣で、震える朔の声。



(‥‥そうだよね)



珍しく動揺していて当たり前だと思う。



「うん。感じるよ」

「朔は何か感じた?」

「いえ‥‥いいえ、兄上」



景時の問いに朔は少し考えた後、力なく首を振る。



「僕も初耳ですが‥‥‥白龍、君はいつ気付いたんですか?」



しんとした室内。
十人以上が一同に会しながらも、声はおろか、物音一つ立たない静かな空間。

誰かの‥‥否、皆だろう。
逸る気持ちを弁慶が代弁するかのように問うた。



「分からない、でも‥‥‥近くにいたよ」



白龍の告げた言葉は、一語一句確かな重さを持ちながら室内を渡る。



「それは何時の話なんだ?」

「昼間だよ」



どうやら白龍も、黒龍の気配を感じたのは一瞬だったらしい。

五行の力が安定して、数年。

新たに黒龍が生じたのかもしれない。



梶原家の京邸で、和気藹々と進む夕食時。
今日は更に希望に満ちた話題で溢れていた。












「朔」

「‥‥眠れないの?」

「うん。朔もね。風邪引くよ?」

「ふふっ‥‥ありがとう」



ゆきが朔の肩にそっと上着をかけると、朔はくすりと笑った。

初夏の夜は風が涼しく、羽織るものがなければ薄寒い。
ゆきもまた、お気に入りの羽織を纏っている。

朔が身をずらしゆきの場所を空けた。
隣に腰を下ろせば、濡れ縁から見える夜空。



「敦盛殿はいいのかしら?」

「たまには女同士で、いちゃつくのもいいでしょ」

「あら、今晩は私が敦盛殿の恋敵のようね」

「あはは」




冬が過ぎ春が訪れ暫く経って、過ごしやすくなったこの季節。




最近また、屋根の上から流れる笛の音が始まったのだ。

それは、ここ数年ですっかり風物詩となった子守歌。

恋人の眠りを護る、恋守唄。




‥‥‥その自他共に認める「らぶらぶな」敦盛と過ごす夜より、こうして朔を訪れてきたゆき。




「‥‥‥ありがとう」

「いいえー。朔は姉上だもんね」



柔らかく笑う朔の気配を感じて、同じ様に微笑を覚える。



「私、黒龍に会った事ないんだよね」



朔は黒龍の神子だった。


そして黒龍と彼女は愛し合っていたと、景時から聞いている。
龍脈を巡る五行の力が弱まるにつれ、黒龍も段々と存在を保てなくなり‥‥‥そして。


朔は黒龍を失った。


それは、ゆきが時空を越えるより以前のことだ。




当時の彼女は絶望したのだろうか。
それとも、希望を捨てなかったんだろうか。


ゆきは知らない。

けれど尼僧となった朔の覚悟だけは、痛いほど分かる。



最愛の人を失う気持ちなら、痛いほど。





「そうね。白龍に少し似ているわ。やはり対なのね」

「わぁ、イケメンだね!会ってみたいなあ」

「ゆきってば。敦盛殿に言い付けるわよ?」

「‥うっ。で、でも、敦盛くんのほうが恰好いいもん」

「ふふふっ」



彼は世界で一番恰好いい。



心から惚気るゆきの様子に、今度こそ朔は声を上げた。



密やかに笑う二人の耳に、滑る様な星の楽音が届いたのは、その時。



「あ‥」

「優しい人ね、敦盛殿も」

「‥‥‥うん、優しいよ。世界一」



‥‥‥優しい笛の音が包む。




俄かには信じられない‥‥‥けれど、真実であって欲しい。




藁に縋る希望、微かな疑心、募る想い、切なさも全部笛の音が溶かしてゆく。



「‥‥きっと、会えるよ。朔みたいないい女を放って置けないでしょ、黒龍もっ」



自信満々に言い切ると、ゆきが笑いながら朔に抱き付いた。












物語が動き出せば、やがて終わりが来るように


ひとつの始まりは、ひとつの終わりを予感させた



動き出した時は走ってゆく







‥‥‥終息へ向けて、止まる事無く









還海Aへ続く


20090525

 



 

   
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