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梟か。
夜の静寂にそっと耳に届く鳥の声。
物音を立てぬよう、そっと足を忍ばせ庭に出る。
何となく、の予感は当たっていたらしく、屋根の上。
月明かりに照らされる愛しい彼女を見つけ、敦盛も屋根に飛び上がった。
気配を抑えたまま、後ろから抱き締める。
彼女も、近付いたのが自分だと知っていたのだろうか。
こちらを振り返る事無く、そのままそっと胸に背を預けてきた。
男としては華奢な自分よりもなお、華奢で柔らかなその身体。
‥‥柔らかくて、暖かくて。
陽だまりそのものな彼女を感じて、深く息を吐く。
それからそっと、唇を頬に当てた。
「‥あ、敦盛くん?」
少しだけ恥ずかしそうに、くすぐったそうに身を捩りながら彼女が聞いてくる。
どうやら自分の行動が普段のものとは違っているから、戸惑っているのだろう。
‥‥我ながら、大胆だ。
きっと明日は顔も合わせられないだろう。
そう思うけれど。
「‥‥‥眠れないのだろうか?」
「ん〜‥?ちょっとね、夢を見て」
力なく笑う声が震えてる。
敦盛の腕にそっと触れてくる指先もまた、微かに震えていた。
あぁ、ふと気付く。
彼女が何を夢に見たのか。
「悪い夢は吉兆の前触れと聞くが」
「‥‥‥そう、かな」
「ゆき?」
「私には最悪なんだけど‥‥、本当はどうなのかな。私の敦盛くんへの気持ちが強すぎてここに戻らせちゃったこと、敦盛くんは本当は後悔してた‥‥そんな夢」
ゆきの声が震えている。
後ろからは夜闇に表情は窺えないが、きっと。
───泣いている。
「‥‥私の事を夢に見たのか。すまない、ゆきを悲しませた」
「‥っ!ちがっ‥‥違うよ!」
「だが‥」
言い淀む敦盛に、ゆきは振り返り首筋に抱き付いた。
「違うっ!あ、敦盛くんが今幸せなのか考え」
「幸せだ、とても」
彼女の言葉を途切らせ即答した。
幸せかと聞かれれば、幸せなのだと言い切れる。
一度はゆきと別れた。
彼女の為に、この手を離さねばならなかった。
それが彼女の幸福に繋がるのなら───
と、祈る気持ちで龍脈に還ることを選んだ。
その選択に今も悔いはない。
だが。
「一度諦めた。ゆきの傍に在る夢を、再び見せて貰えた‥‥‥」
ゆきと巡り会えて。
ゆきの想いも笑顔も、歳月を経てなお自分の元にあって。
こうして、抱き締める事を許してもらえることが‥‥。
「私の唯一の願いは、その‥‥‥貴女だから」
「‥‥っ」
瞬間、小刻みに震えながら敦盛の胸に頭を押し付けるゆき。
そんな仕草に小さく笑って、労るように、柔らかな背をゆっくり撫でた。
「‥‥夜が深い。笛を吹く事が出来ないな」
彼女が殊の外愛してくれる楽を聞かせてやれなくて、残念に思う。
「いいよ。敦盛くんとこうしていたい‥‥いっぱい声、聞きたい」
「っ‥‥!あ、あぁ」
微笑って言われたその言葉に、軽く息を呑んだ。
夜が明けて、朝日が昇るまで
ずっと触れあっていよう?
少し照れながら囁かれた言葉。やはり息が詰まる。
どうか、どうか、永く貴女が笑っていられるように。
収拾のつかない愛しさを抱えながら、甘い匂いに溺れた。
「‥‥‥‥って!下にいる私達のこと、完っ全に無視してるよね!」
「ゆきが居ねぇって邸中を探し回っていたのも、すっかり忘れてるぜ、あいつ」
「兄さんはまだいいだろ。俺なんか焦った敦盛に眼鏡を踏み潰されたんだ」
「アホらし。オレは先に寝るよ」
「確かに横槍を入れる雰囲気じゃありませんね。敦盛くんの怒りを買いそうですし」
「怒りの四海流撃か。俺は経験ないが、手強そうだな」
「あはは〜‥もう二度とごめんかな〜」
「兄上、顔が真っ青よ」
「うむ」
「譲〜、お腹空いた。ぷりん」
「空気を読めよ、白龍‥‥‥」
終わり
20090327
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