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海の暁
『星降恋人』






「あっつもっりくん」

「ゆき」


庭から聞こえる愛しい声。
けれど今の時間を考えてか、幾分押さえられている。

迷う事なく屋根から降り立つと、敦盛はゆきの眼を覗き込んだ。


「‥‥‥眠っていたのでは‥?」

「頑張って起きてたんだよ」


深夜。
恐らく丑の刻すら超えているだろう。
こんな時間に彼女が起き出して来るなど珍しい。

それ以前に、怪異と呼ぶに相応しいかもしれない。


「何か‥あったのか?」

「そんなに珍しいかなあ?」


私ってそんなに寝てるイメージしかないのかな。
などと呟く彼女に思わず頷きかけて、慌てて止めた。

「いめーじ」という言葉は分からないが、実際ゆきはよく眠る。


冬の訪れと共にゆきの体調を気に掛けて、敦盛が強引に打ち切ったが。
それまで毎夜の様にゆきは笛の音を聞き眠っていたのだ。


屋根の上で。
敦盛の、膝の上で。

そして、彼女を部屋へと運ぶのが、日常だった。



「‥‥‥あのね」

「ああ」

「今日はクリスマスだって思い出したんだよ」

「栗‥‥‥?」

「クリスマス。てゆうか、首を傾げる敦盛くんってかわいすぎっ!」

「‥‥‥っ!そ、それはゆきの方が‥‥‥可愛い」


真っ赤になった敦盛の、語尾はとても小さいものだけど。
ゆきの耳にはしっかり届く。

ほんの暫く、互いに頬を染めて見つめ合う。


ふと、敦盛は会話が途中であった事に気付いた。


「それで、そのくりすま‥すがどうかしたのだろうか?」

「‥‥‥うん。この日はね、感謝する日なんだよ。だから‥‥‥」






ふふっ、と小さく微笑んで。
ゆきは敦盛に抱き付いた。


ぎゅっと、労るように。

甘えるように彼の胸に頬を擦り寄せる。


「ありがとう、敦盛くん」

「‥‥‥ゆき。礼を言わねばならぬのは、私の方だ」


愛しさのままに、ゆきの背に腕を回す。
壊れぬように、けれど強く抱き締めた。


耳を寄せる。
彼女から聞こえる心音が、早鐘を鳴らしている。


それはつまり、自分に対して胸の高鳴りを覚えてくれたと言う事になる。

それが尚更、愛しい。








「敦盛くんに出会えて良かった」

「ああ、私もゆきに出会えて良かった」

「好きになって‥‥‥好きになって貰えて、幸せだよ」

「‥‥‥‥‥‥ゆき‥‥‥」

「ありがとう」



ゆきは顔を上げ、照れくさそうな笑顔を浮かべた。



‥‥‥今、胸に沸き出たこの衝動。
付ける名を知らない敦盛は、ただ腕に力を込めた。


胸に彼女の顔を押し付け、敦盛はその耳元で囁く。



「‥‥‥私も、私の方こそ、貴女に感謝している」



背に回るゆきの腕。そのぬくもりが心地よかった。



「ゆき。貴女に出会えた事、こうして私を受け止めてくれた事‥‥そして」



敦盛は言葉を区切った。
栗色の髪を撫で、指に絡めとる。
外の冷気に晒されたそれはひんやりと、指に滑らかな質感を与えた。


頬を寄せ、さらさらとした感触に眼を閉じる。


視界が閉ざされた分、ゆきから立ち込める匂いに包まれた。

彼女愛用の、香。
その残り香に。



「‥‥‥こうして私を想ってくれた事も、‥‥‥この腕に貴女がいてくれる事も」

「‥‥‥うん」

「‥‥‥‥‥‥ありがとう」



ゆきは何も言わない。
ただ一層強くなった腕の力が、言葉よりも雄弁に語りかける。


大好きだと。








「‥‥‥ゆき」

「うん?」



ゆきが顔を上げた瞬間に、そっと唇を落とした。


「‥‥‥っ!!‥‥あ、ああ敦盛くん!?」

「めりぃ、くりすます‥‥‥確かそう言うのではなかっただろうか‥‥?」



流暢とまではいかないも、たどたどしくもない外来語。

不意打ちなキスに赤面し口をぱくぱく開いていたゆきだったが‥‥‥。


ふと気付いた。



「‥‥‥‥‥‥敦盛くん。今日が何の日か知ってたの?」



メリークリスマスと言う言葉など、少なくとも自分は教えていない。


ならば誰から聞いたのか。

眠る時間になるまでゆき自身が、クリスマスの存在を忘れていたものだから、余計に悔しい。




じっ、と据えた眼で敦盛を捉えると、敦盛は暫し考える素振りを見せた。

しかし彼の唇から。すぐに答えが零れる。


   

 
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