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海の暁〜G〜
『純恋希雪』









「腕が痛くは‥‥‥」

「うん、ないよ。ほら!」


この話題になる度に痛々しい表情を浮かべる敦盛に、ゆきは苦笑しながら腕を見せた。


「ね、もう塞がっているでしょ?弁慶さんも、これならほとんど後が残らないって言ってくれたから」

「そうか‥‥‥良かった」


ほっと肩を竦める敦盛を見て、ゆきは思わず彼の両手を取ると握り締めた。


「それに、傷が残ったって平気なのに」

「‥‥‥それはいけない。婚姻前の女性が傷など作っては 「いいの」」



手は握ったまま。
敦盛をじっと見つめる。



「その時は敦盛くんが貰ってくれる‥‥‥よね?」

「そっ‥‥‥」


言葉を紡ごうとした唇の形を留めたまま、敦盛は止まった。




縋る様に、泣きそうな顔。

敦盛は小さく笑う。
そうすれば真実の代わりに、彼女の望む言葉が滑り出た。


「‥‥‥‥‥‥ゆきが、私で良いのなら」

「敦盛くんがいいんだよ!!」


ぎゅっと抱き付いて来る暖かい身体。




全身に陽気を溜め込んで、いきいきと弾むゆきは‥‥‥生きている。

しっかりと抱き返せば、彼女愛用の香の匂いがした。



「敦盛くん、好き。大好き」

「私も‥‥‥ゆきが好きだ」



幸せな気分になる、言葉。


互いに力を込める。
それを合図に身体を離すと、ゆきは嬉しそうに笑った。




この笑顔をずっと見ていたい。





不意に言葉に詰まった敦盛は、黙ってゆきに手を差し延べた。



「敦盛くん、どうしたの?」



首を傾げながらも、ゆきは迷わず手を重ねる。

不思議そうな表情は、敦盛の突然の行動を訝しむのではない。
きっと、敦盛の泣きそうな表情に気付いたのだろう。



「‥‥‥何かあったの?」

「いや、何もないが‥‥‥」



『あれから』敦盛の眼に浮かぶ、僅かな感情の揺れさえ読み取ろうとするゆきの、その眼を覗き込んだ。




「ゆき。良ければ‥‥‥海に行かないか?」

「‥‥‥‥‥‥っ」



何故、この言葉でゆきが眼を見開くのか分からない。


一瞬だけだが、ゆきが泣いている気がした。




「ゆき?」

「うん。行きたい、海」











手を繋いで歩く。




今は冬で、
今日は雪。




彩り豊かな草花の恵みはない。

枝のみが並ぶ路の端の樹々達も、春になれば満開の花びらを舞わせるだろう。



いっそ幻想的な程。





「‥‥‥雪で良かった」

「そうなのか?」

「うん。同じじゃないから」









数日前に、九郎殿の『用事』に付き合い、鎌倉に着いた。


何をするでもなく、ただ二人でいられる夕暮れ。




由比ヶ浜まで二人手を繋ぎ歩く。



花びらの代わりに雪が、ひらひらと、踊る。


















「敦盛くん、見てみて!夕陽が海に反射しているの」

「ああ。いつ見ても、この瞬間は和む」

「あ、そっか。敦盛くんって熊野育ちだったもんね」

「‥‥‥私は、陽が海に沈む瞬間が好きで‥‥‥熊野でも毎日の様に眺めていた」



冬の陽が沈む時刻は早い。


昼過ぎに梶原邸を出た筈なのに、のんびり歩くと、由比ヶ浜に着いた時には夕暮れだった。



「夕陽が、海に溶けていくみたいだね」


ゆきが紅い陽に見惚れながら呟くと、隣から返事がない。
いつも律義に返事をするのに珍しい。
そう思い、振り仰げば‥‥‥優しく緩む紫の眼。


「‥‥‥ふふっ。何故だろうか。今、ゆきならそう言うだろうと思った」

「私らしいかな?」

「ああ、とても‥‥‥」



クスクス笑う敦盛を見る度に、いつも胸が高くなる。
この想いを何度でも伝えたくて、口を開いた。


「敦盛くんあの、ぶぇっくしょん!!」



豪快なくしゃみをひとつ。


(い、色気がないや)

苦笑するしかなかった。



「あ、あはははは」

「‥‥‥もう冷えて来たな。帰ろう」



こんな時、敦盛は有無を言わせない。

ゆきの手をぐっと引くと、ぐんぐんと歩き出した。
















「しっかしお前ら毎日毎日、いちゃいちゃベタベタでほんっとに飽きねえのな。恥じらいってモンはねぇのかよ」

「何なの将臣くん?独り身のひがみに聞こえるよ」

「バカかゆきは。誰がひがむかよ」

「‥‥‥将臣くんはゆきちゃんが好きなんだよねー?」

「ばっ!なっ!何言ってんだ望美っ!?‥‥‥違う!落ち着け!!誤解だ敦盛!!」


望美の言葉遊びをどう受けたのか。
スッと眼を細める敦盛に向かい、将臣は思い切り両手をぶんぶん降る。


「落ち着くのは兄さんだろ‥‥‥見てみろよ」


冷や汗を掻き、気たるべき攻撃(四海流撃)に備え眼を瞑っていた将臣が、恐る恐る開ける。



「敦盛くん、これおいしいね!」

「‥‥‥ああ。譲殿の料理の腕は素晴らしいな」

「本当だね〜!あ、そうだ。明日は皆で雪合戦しようよ!」

「兄上‥‥‥昼過ぎからぶつぶつ呟いていたと思ったら、そんなこと考えていたんですか?」

「うっ‥‥‥だって最近忙しくてさ〜‥‥‥」

「もう!!いじけないで下さい!」


板間にいじいじと「の」の字を書いている景時と、それを叱る朔。

二人を見て皆が笑っている。











「‥‥‥譲。お兄ちゃんは取り残された気分だぜ」

「ああそうだろうな」


さして関心などなさそうに返すと、譲は皆の‥‥‥とりわけ望美との会話に加わった。




‥‥‥憐れ、将臣。




  


 
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