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そんなの当たり前の事じゃない。

初めて出会ったその瞬間にも分かっていた。





彼は怨霊。





一度は鼓動を止めた、死人だと。
死を迎えた肉体が、策略と平家の繁栄を願う者の呪によって蘇った。

鼓動を打たない心臓に、無理矢理精神を繋げた存在として。



本来なら、この世に留まる事すら許されない人。
自然の理から外れたもの。




そんなこと、最初から分かり切っている。






それでも気にならなかったのは、彼が好きだから。
怨霊だろうと構わない。

優しくて強い、最高の恋人。








それに、彼が怨霊にならなければ
出会う事すらなかった私達。



だから、出会えたこの運命を心底から感謝している。



蘇らせてくれた「平清盛」に。
八葉としての使命を与えてくれた運命に。



そして、私を好きになってくれた、彼に。





大好きだから。
大好きで、
大好きで、

ずっと側にいたいと思う。








けれど私は知らなかった。

ううん‥‥‥知っているつもりで、いた。








彼がどれほどの苦しみの中にいるのか。
怨霊という真実が、どれほど彼の心を蝕み苛んでいるのかを。









そして、私は見た事がなかった。

彼の‥‥‥平敦盛の、「本性」






恋人が変化した姿を。





海の暁〜F〜
昏闇灯恋花










ざぁざぁと降る雨。
激しさを増している。


先日は雪が降った。
それ程に寒い、今の季節。

雨だからマシとはいえ、降る水の冷たさは予想以上に冷たくて、重い。

外に飛び出たゆきの身体を一瞬で凍えさせた。



雨水が霧となり、辺りに立ち込めている。

月も星もない闇に、揺らめく霧が敦盛の姿を浮かび上がらせていた。

浅く速い呼吸を繰り返して、胸を掻き毟るその様を。



敦盛が、いるのに。
こんなに苦しそうにしているのに。



「敦‥‥‥もり、くん」

「来るな!」


手を伸ばそうとしたゆきを鋭い声が遮る。

そして、声よりももっと鋭い拒絶の空気。


敦盛の怒気など慣れないゆきは、ぴたりと身体が立ち止まった。
あと数歩の距離なのに。


手を伸ばせない。
声を掛けられない。

拒絶が、怖い。


泣きそうになる、けれど。


(‥‥‥泣いちゃダメ。苦しそうなのは敦盛くんなのに)


代わりに敦盛をよく見る。


「‥‥‥‥‥‥敦盛くんっ!?」




黒く、醜く歪んだ敦盛の手に気付き、ゆきは咄嗟に叫んだ。


人間では有り得ない程に長い指と尖った爪。
黒く変色してしまった手首から先を見て、恐怖を覚える。






‥‥‥やっと分かってしまった。







(敦盛くんは、怨霊なんだ)


言葉では理解していた。

今まで皆が倒して、望美が封印して‥‥‥滅多にないが、自分が調伏してきた「怨霊」。
それらと敦盛が同じだと言う事は。

鼓動を感じない事も、体温が感じない事も。
敦盛の前では口にした事すらなかったが、それらは彼が死人であると証明していた。




それでも平気だった。

それでも良かった。


彼は体温以上のぬくもりを、ゆきに与えてくれていたから。

優しさと言う名の熱を、いつだって‥‥‥。






「‥‥‥‥‥‥ゆき」


呆然と立つ彼女の気配に気付いたのか、敦盛は掠れる息で呼んだ。
ぴくん、と上体を揺らしながらゆきは顔を上げる。



「‥‥‥な、に‥?」

「早く行ってくれ‥‥」

「‥‥そんなことっ!!」



出来る訳ないのに。




そう言いたいのに、唇が上手く言葉を紡がない。
わなわなと震えるのは寒さか、それとも




‥‥‥‥‥‥‥‥‥恐怖か。



ゆきは一歩も動けなくて。
敦盛の左腕が必死に右腕を押さえているのを見ていた。






降る雨の冷たさすらも、忘れて。





 

 
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