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真冬の夜は、明けるのが遅い。
当然だが、夏ならとうに明るい太陽が、じりじりと熱を与えるが。
生憎、今は冬。
まだ空は薄紫の柔らかい色合いだった。
バン!!
「おはよう敦盛くんっ!!」
襖が開く時の威勢の良い音と同時に、ゆきの声が歌うように高らかに室内に響く。
敦盛の眼を覚ますのは、愛しいゆきの声。
それだけで、充分。
海の暁〜flame〜
澄花恋戯
「‥‥‥‥ゆき‥‥?」
気怠い上半身を何とか寝具から引き剥がす事に成功した敦盛は、次に頭を捻る。
なぜ、ゆきが起こしに来たのか?と。
普段から敦盛は早起きだ。
それは生前も怨霊となった今も変わらない。
そして一方のゆきと言えば、いつだってゆっくり起きて来るのだ。
朔に叩き起こされて。
そんなゆきが自分を起こしに来ると言う事は、何か大事件に巻き込まれたのかも知れない。
‥‥‥ゆきが聞いたら
「私が早起きすると大事件、って!!」
と拗ねるだろうが、敦盛は大真面目に考えすっかり眼が覚めた。
ゆきを見上げる。
きっと微笑みを湛えているであろう。
が、予想に反し‥‥‥泣きそうな恋人の表情があった。
入り口から動かずに。
「‥‥‥‥‥‥?」
「‥‥‥つもり‥・んの・‥」
「ゆき?」
「敦盛くんのバカッ!!大嫌いっ!!」
「‥‥‥っ!?」
再び閉じられた襖。
勢いをつけて去って行く足音に、敦盛は追いかけようとして‥‥‥
腰に巻かれていた腕に、気付いた。
「∴×¥℃∞◇★っ!??」
言葉にならない。
奇声発しながら、勢いよく飛び退く。
敦盛の隣には、金髪の女性が眠っていた。
「敦盛くんのバ〜カ、あほ〜、浮気者」
‥‥‥勢い余って京邸を飛び出してしまったゆき。
五条大通りをてくてく歩いていた。
朝もまだ早い。
だが、通りに立ち並ぶ店では忙しそうに準備をしていた。
勿論ゆきの相手をしてくれるような、暇人などいないけれど。
‥‥‥ショックだった。
でも本当はこの瞬間にも分かっている。
敦盛は理由もなくこんな事をする人ではないと。
理由
それが分からないのが悔しい。
ゆきに飽きたのだろうか。
いつまでも、清い関係でいる事が‥‥‥。
「‥‥‥あと敦盛くんのおたんこなす‥‥‥」
‥‥‥言い掛けた言葉は、けれども最後まで言えず。
ぴたっと足は止まった。
頭の中で目まぐるしく回った言葉は、ゆきの思考の全てを奪っていった‥‥‥。
ヒノエがゆきを見つけたのはたまたまだった。
まだ店すらも開いてない早い時間に、往来の真ん中でぽつんと立つその姿。
寂しそう、と言うよりも何故ここに女の子が立っているか首を傾げるほど。
周りから浮いていた。
正面から近付くも、ゆきはヒノエに気付かないようだった。
どこか思い詰めた眼差し。
「やぁゆき。朝からどうしたんだい?‥‥‥姫君の眼を曇らせる理由を知りたいな」
「あ、ヒノエくん。いたの?」
「‥‥‥あ、ああ。今来たけどね」
‥‥‥これは重症だな、とヒノエはゆきを見て思った。
そしてこんな風に、ゆきを落ち込ませた原因なら一人しか思い当たらない。
「‥‥‥敦盛と何かあったわけ?」
「‥‥‥っ!!」
図星。
眼を見開くゆきの眼はすぐに頼りなく揺れて、それが尚更信憑性を与える。
ヒノエは肩を竦めると、ゆきの頭に手を置いた。
「‥‥‥泣きな」
「‥‥‥え?」
「苦しそうだぜ?オレの胸を貸してやるよ。お前の気が済むまで」
ヒノエが浮かべる微笑。
敦盛とは違う、華やかな笑みをゆきはじっと見つめた。
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