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姿が戻った敦盛は、崩れる様にその場に座り込んだ。

駆け寄ろうとしたのに、ゆきは躊躇する。
身体はまだ動けなかった。


「何やってんだよ、お前」


将臣が渋い表情を浮かべながら振り返ると、ゆきの頭を軽く叩いた。

弾けるようにゆきは敦盛に駆け寄ると、同じように座る。


震えたままの手で、敦盛の両手に触れると、意を決してぐっと握り締めた。

俯いた敦盛がゆっくりと顔を上げると、泣きそうなゆきの顔。




「‥‥‥怪我は‥なかった‥‥‥だろう、か」


「‥‥‥‥‥‥ん‥‥‥」


まだ肩で荒い息をしているのに。
口を開けば真っ先に飛び出るゆきの安否。


涙が溢れそうになって、ゆきは必死に堪えた。
声が震えるのを止められないから、代わりに大きく頷く。




「あの、人は‥‥‥?」

「敦盛。あのヤローは生きてるぜ。あっちで伸びてるけどな」

「‥‥‥トドメを刺したいけどね」

「そう、か‥‥‥」



将臣に続いて望美が言う。

それに答えるように、安堵の呟き。

そして敦盛は二人を見上げようと視線を上げかけ、固まった。

みるみる内に赤くなる頬。

ゆきに包まれた手を離し、慌てて羽織を脱ぐ。
きょとんとするゆきに差し出した。

不思議に思いながら手を伸ばせば、自らの髪が肩を滑る事に気付く。

‥‥‥肌を露出した、肩に。


「あ、あ、ありがとっ」

「い、いや、構わないっ」


激しく赤面する二人。


ゆきの腕が羽織の袖に潜り、先端から指先が覗くのを待つ。

その瞬間は、誰一人として口を開かなかった。












敦盛の手が躊躇しながら、ゆきの手に触れる。
離れないように力を込めて。



「‥‥‥ゆき。話を聞いて欲しい」

「‥‥‥‥‥‥うん」










もう、逃げる事は叶わない。


これから告げられる言葉が分かっていても。



ゆきには分かってしまった。


辛いけれど、
今でも否定したいけれど。




「うん、聞くよ」

「ありがとう」












望美と将臣はただ二人を見つめていた。
















「‥‥‥ゆきを再び傷付けてから‥‥‥‥‥‥私は、何度も」



「‥‥‥‥‥‥何度も」



「本性の姿に戻っている。その度に‥‥‥神子にこうして救い上げて貰ったのだ」






(やっぱり、そうなんだよね)




望美がすぐに追い付いた理由。
それは簡単に分かった。

彼女は敦盛が怨霊となった時の為に控えていたのだろう。

敦盛の話の途中にゆきが走り出して、恐らくはぐれたのだろう。
だが、さほど時間を空けずに追い付いた。

あの時、息を切らして必死に駆け寄っていた望美達。

何故なら、敦盛とゆきが心配だったから。




それはつまり、敦盛が簡単に姿を変えてしまうと危惧していた、と言う事になる。









「‥‥‥もう、限界なの?」


「‥‥‥ああ。恐らく、近いうちに‥‥‥あの姿に戻るだろう」


「戻る‥‥‥」







茫然とゆきが繰り返す。

敦盛の指に力が籠った。







断腸の思いで、今、告げなければならない。

口を開きたくなかった。


泣きそうなゆきを抱き締めて、その温もりに浸りたかった。

残酷な言葉の代わりに、ゆきを笑顔にする言葉を口にしたかった。



だが、彼女の未来の為に
しなければならぬ事は違う。





「‥‥‥私は、怨霊だ。この姿は生前のものに過ぎない」


「‥‥‥うん」




もうゆきには分かっているようだ。





「近いうちに、私の意識は本性に飲まれてしまう」


「‥‥‥‥‥‥うん」

















「だから、神子に浄化して貰う‥‥‥」




「‥‥‥っ!!」











一瞬、息が止まったかと思った。













この言葉が出ると分かっていたのに。
いざ敦盛からもたらされると、それは鉛のように重くて苦しい。
呼吸を忘れもがき溺れる者が空気を求めるように、口を開こうとする。










ゆっくりと息を吸って吐く。


そんな彼女を見つめる菫色の眼差しは、何処までも優しかった。


顔を上げるとぶつかる視線。





(きっと、これを言ってしまえば私は卑怯になる)





それでも。

この言葉を伝えなければ、きっと一生後悔する。
敦盛を困らせるって分かっているけど。




「私を、一人にしないで」



‥‥‥敦盛の肩が揺れた。
ゆきの言葉が敦盛の最奥をくすぐる事を知っていて、言ったのだから。
喪いたくない、その一心から生まれたことばだから。



「‥‥‥ゆき」


案の定、困った顔をした。


けれど、敦盛の意志はそれ以上に硬い。





「ゆき‥‥‥」



珠玉の宝を見る様な、愛しさに満ちた眼差し。



「ゆき」


「‥‥‥な、に‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥信じて欲しい」


「‥っ‥‥‥‥‥卑怯だよ‥‥‥」



敦盛の言葉の真意があっさりと伝わった。

ゆきは、崩れそうになる。






涙はもう視界の殆どを奪って、目の前に映る愛しい菫色が滲んでいた。

もっと見ていたいのに。








嗚咽が漏れる。
何を言えばいいのか、もう分からない。


一瞬、差し込む陽光を遮る影。





気付いた時には、敦盛の、腕の中に捕らわれていた。






「‥‥‥いつか、また会えると‥‥‥信じて欲しい」

「‥‥‥‥酷いよ、敦盛くんは狡い」

「ああ、すまない‥‥‥だが、それでも」

「‥‥‥絶対なんて保証もないのに‥‥‥」

「‥‥‥それは‥‥‥」



敦盛は言葉を区切った。
代わりに腕の力を強める。





愛しくて幾度も抱き締めて来た、ゆきを。
怨霊であると知りながら、尚も自分を好きだと言ってくれた、最愛の『恋人』を。

血の巡らない怨霊だから、冷えたゆきの身体にぬくもりを与える事すら出来ない。
それでも、いつもゆきは笑っていた。


敦盛くんの胸の中は暖かいと。






決して泣かせたいわけではなかった。

不可能だと知りながらも、
自らの手で幸せに出来る夢を、望んだこともあった。











「‥‥‥約束する。どんなに時を経ても、必ずゆきの元に還る」











「‥‥‥敦盛くんっ‥‥‥」



(せめて私も、一緒に逝きたい)



と言いたかった。

でも、この恋人はそれを許してはくれない、決して。
だから、もう。




「‥‥‥信じる」

「‥‥‥ああ、すまない」

「‥私、待つから‥‥‥ずっと。おばあ、ちゃんになっても‥‥‥待つ、か、ら‥‥‥」



嗚咽が漏れる。
止めようとするゆきの努力を余所に。
敦盛は辛そうに眉根を寄せてゆきの背を撫でた。



「‥‥‥すまない‥ゆき」

「謝っちゃダメじゃない」


しゃくり上げながら、ゆきが小さく笑う気配がした。

ごしごしと涙を拭く。

そして顔を上げたゆきの眼は真っ赤に晴れていた。
それでも懸命に笑う。

今まで見たどんな表情よりも、綺麗だと敦盛は思った。


「‥‥‥ああ、そうだな。確かに謝罪は良くない」

「そう、だよ。でも謝る気があるなら‥‥‥」




再び背に回る腕を感じる。
応えるように、敦盛も恋人を抱き締めた。



彼女の望みはきっと、
自分も同じ。






「今日だけ、一日だけ延ばして。今夜だけ側にいて」








聞かないわけにはいかなかった。


それは、ゆきの最後の願い事だから。





そして、自分も同じ事を祈っていたから。


 
 


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