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ドン、と肩に衝撃が走り、足がふらついた。
滲む視界に自分とは違う足が見えた事で、人にぶつかったのだと認識する。


‥‥‥いつしか、海辺でも人の気配のない岩場に来てしまったようだ。
だが今のゆきには、それに気付く余裕もない。

「すみません」


顔を下向けたまま、小声で謝る。
そのまま再び走り出そうとし‥‥‥肩を掴まれた。



「待ちな、お嬢ちゃん」

「‥‥‥なんですか?」



ゆきは訝しげに顔を上げた。



男は二人。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。



「おお痛い。こりゃ骨が折れたかも知れねぇなぁ」

「そりゃヤベェ!おいお嬢ちゃん、骨が折れたんだとよ」



ゆきは瞼を擦ると、ムッとしながら男達を睨み付ける。



「そんなんで折れる訳ないじゃない!バカじゃないの?」



他に人がいないこんな場所で、非力な女が男二人を挑発するなんて、愚の骨頂と言うべきこと。

普段の彼女なら、それくらいは嫌でも分かっている。
だが、今は‥‥‥『普段』の状態ではなかった。











自棄になっている。











「大体さあ。あなたが骨折ったんなら、私なんかもっと怪我してるハズだよね。ほんと頭悪いよ。
それとも何?私より弱いの、おじさん!?」











「‥‥‥このガキ、言いたい放題言いやがって。どうする?」


自称、骨折したらしい男に、もう一人の男が問う。


「そうだな‥‥‥‥‥この生意気な口も、使い方次第で黙るんじゃねぇか?」

「おいおい。こんな小便臭いガキをヤっちゃおうっての?」



互いに顔を見合わせ締まりなく笑うと、男達はゆきの体を倒した。



「‥‥‥っ」

「‥‥‥顔はガキでも、なかなかイイ身体してるぜぇ?」

「確かにな」






‥‥‥抵抗する意思すら起きなかった。



ただぼんやりと、襟を開けて肌を弄る男の手を、ゆきは見ているだけ。



「‥‥‥ビビっちゃったのかな、お嬢ちゃん?」









怖いんじゃない。



ただ、悲しいだけ。







剥き出されたゆきの胸を、乱暴に鷲掴む。

痛みが走り、我に返った。


「‥‥‥り、く‥‥‥」





‥‥‥まだ、彼にさえ、触れさせていないのに。




ゆきの眼からぼろぼろと、涙が出て来た。







「‥‥‥敦盛くん!敦盛くんっ!」

「うわっ!コイツ暴れやがって‥‥!」

「静かにしろっ!」




我に返ったゆきが身を捩って暴れ出すのを、二人掛かりで押さえ付けられる。

それでもゆきは必死に手足を使い、逃れようとした。



「―――やだっ!!助けて!敦盛くん!!」



「うるせ、―――っ!?」









ゴッ‥‥‥という低音と共に、ゆきにのしかかった重量が掻き消えた。


「敦盛くん!?」

「ゆき」


愛しい声がした。
顔を上げると、敦盛が男の首を締めていた。


その凄まじい表情に、ゆきは眼を見張らせる。



「敦盛く‥‥‥っ!?」





肌蹴た襟を掻き合わせながら、
声を掛ける、その瞬間にも。



「‥‥‥ぐっ‥‥‥‥‥‥‥」



敦盛は、敦盛の手が‥‥‥腕が、形を、色を変えて行く。



「‥‥‥‥ああぁぁっ‥‥」


「敦盛くん、ダメ!!」



獣に変化していく敦盛は苦しそうで、しかし腕は離さない。

男を締め上げる。


‥‥‥凄まじい力。



「やめて!!やだっ!死んじゃう!!」



ゆきは腕に飛び付き、締める力から男を解放しようと、敦盛の腕を引っ張る。
だが既に変化してしまった彼には、子供騙しのよう。

全く通用しないのは当然の事。




「お願い!敦盛くん聞いて!!帰って来てっ!!」




力の限りに叫ぶ。


紅く色を変えてしまったその眼が、ゆきを捉えた。

煩そうに縋り付く腕を振り払うと、後方に吹き飛ばされるゆきの身体。






(止まらない‥‥‥)



再び身を起こしたゆきは再び走ると、敦盛に体当たりした。
だが、やはりびくともしない。


二度目の邪魔に苛ついたのか、敦盛は意識のない男を放り投げると‥‥‥‥‥‥ゆきに振り向いた。

ゆきは、動けなかった。
硬直した身体は‥‥‥‥‥痛みを、鮮明に覚えている。

ゆきの意識と関係なく、身体は正直な反応を示した。


戦慄が走る。



「‥‥‥あ、つ‥‥」


















『中身が敦盛くんだから、怨霊でも怖くない』











‥‥‥信じていた事が、根底から覆された瞬間だった。




怨霊は、敦盛はじっとしたままゆきを見ているだけなのに。

震え出す身体は正直に恐怖を叫ぶ。




自分の眼が、怯えの色を宿している事は、疑いようもなかった。








そこにいるのは、敦盛なのに。



目の前にいるのは、怨霊だった。














「いたよ!!‥‥‥ゆきちゃんっ!‥‥‥敦盛さんっ!?」





海辺と反対の森から、息を切らして走って来たのは望美と将臣。

敦盛の姿を見ると、二人は険しい顔をして速度を上げた。



「お前はこっちに来い!」


将臣がぐい、とゆきの腕を引き自らの背後に庇う。

時が止まった様に動かない、敦盛達に気付いてはいた。
だが、いつ暴れ出すか分からない。

用心を兼ねて、将臣は剣を抜くと構えた。

歩幅と体力の差で将臣から少し遅れた望美が辿り着く。
肩で荒い息をしながら、それでも止まることなく真っ直ぐに敦盛の元へ。
一連の流れるような動作。

敦盛の腕に手を置くと、眼を閉じた。







(‥‥‥‥‥‥望美ちゃん‥‥‥)







何故、望美と将臣が間に合ったのか。
聞くまでもなかった。



将臣の背中越し。
ゆきの目の前では、白く清らかな光が敦盛を包んでいる




美しい光、浄化の力。

ゆきの持っていないもの。




醜く変貌した姿が光に溶けてゆき、やがて敦盛の身体の輪郭がゆっくりと浮かび上がる。




(敦盛くん‥‥‥)



ゆきはただ、見つめるだけしか出来なかった。






(私には、出来ない‥‥‥)



敦盛を救えるのは望美、唯一人だけだと思い知る。



 


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