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「敦盛くん!!」

「ゆき‥‥‥外に出ては‥‥‥」

「へーきっ!弁慶さんが、もう出ていいって!」

「そうか‥‥‥それならば、良かった」



そっと微笑む敦盛にゆきが抱き付く。



「ずっと看病してくれてありがとう」



自分の肩に頬を埋めて、ゆきは幸せそうに呟いた。



「違う!あれはっ‥‥‥!」

「敦盛くん」




敦盛の言葉を遮って、ゆきは笑う。

死の淵から帰って来てから、何度となく繰り返した強い言葉を、もう一度紡ぐ為に。



「私が選んだ事だよ。ただ敦盛くんから離れたくなかったの。だから後悔なんかしない」



だが、と言い掛けて、敦盛は口をつぐんだ。




‥‥‥代わりに柔らかい身体を抱き締める。

敦盛の片手はゆきの後頭部に。
力を込めるとより近くなる栗色の髪に、頬を寄せた。

もう一方の手は、腰に回して引き寄せる。


それでも埋まり切らない、隙間が切なかった。




「‥‥‥敦盛くん、好き」

「‥‥‥ああ」











好きでは足りない程、ゆきが、愛しい。

愛しくて愛しくて。












けれど、違う言葉を彼女に投げ掛ける。


「ゆきさえ良ければ‥‥‥外を歩かないか?」

「うん。久々に外に出たい!どこに行こうかな」


弾む様に笑う、眩しい笑顔。

それはいつも、自分を癒してくれる。
釣られて微笑を浮かべると、なお一層ゆきは嬉しそうな顔になる。




目的地は決めている。





「‥‥‥‥もう一度、海に‥‥‥駄目だろうか」

「‥‥‥っもう!首を傾げるのは反則だよ!!そんな顔されたら嫌って言える訳ないのに」

「‥‥‥?そうなのか」






手を繋ぐ。





ゆきが床についている間に


彩り豊かな花が咲き誇る、春になっていた。










いつか見た、夢のように。












砂浜を歩く。
砂が細かくて、歩く度にきゅっと滑りそうになった。




「前に来た時は雪が積もってたのにね」

「ああ‥‥‥」


ふふっと笑うゆきの隣を歩く敦盛はふと立ち止まると‥‥‥おもむろに両手を握った。


「敦盛くん?」

「‥‥‥‥‥‥ゆき‥」


海を背に立つ敦盛の眼は、

広がる潮の様に静かだった。



「なに‥‥‥?」


何故、唇が乾くのだろう。

敦盛は暫く口を閉ざしていた。
ただじっと、ゆきを見つめている。


静かな眼差し。


‥‥‥そして、ゆっくりと口を開いた。





















「‥‥‥‥‥神子に、私を封印してくれと頼んだ」





















「‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」



喉の奥が渇いて、声が出ない。












どくん   と、跳ねた心臓



















見つめる先の少年の眼はただ静かで、一瞬聞き間違いだと思った。


‥‥‥聞き間違いであったら、と願った。



「な、に‥‥‥」

「‥‥‥ゆき。私の身体は、もう限界だ‥‥‥」

「‥‥‥冗談、だよね?」

「いや‥‥‥‥‥‥もう人の姿を保つ事も、辛くなってきた」










「このままだと、直に私の意識は獣となってしまう。そうなれば、破壊しか残らない。だから」


「やっ‥‥‥」




言わないで。











「‥‥‥ゆきの体が戻ったら、封印して貰う。そう神子と話し合っていた」

「‥‥‥‥‥‥‥いやっ!!」












ねえ、どうして

そんな事を、言うの?










「うそつき‥‥‥」

「‥‥‥ゆき?」

「敦盛くんの嘘つきっ!!」

「‥‥‥ゆきっ!?」



これ以上、何も聞けなかった。

ゆきは踵を返し、走り去る事しかできなくて。











うそつき

うそつき

うそつき








「何があっても諦めない、って言ってくれたのに!!」






『ゆきを諦める事など‥‥‥出来ない』

『ゆきがいてくれるなら‥‥‥何があろうと諦めないと、約束する』



そう言って、頬を撫でてくれたのは。

‥‥‥そんなに昔の事じゃないのに。







 










‥‥‥本当のことを言うならば、
いつかこんな日が来るって


予感は、あった


あの雨の夜から。









確かにゆきはあの時、怨霊化した敦盛の手によって命を落とす所だった。

弁慶の話振りから察するに、恐らく一度は呼吸が止まったのだろう。

望美達が助けてくれなければ、そのまま死を迎えた筈。










『気付いて、お願い』


‥‥‥ゆきの声は怨霊化した敦盛に届かなかった。



届かないなら、いっそのこと。
敦盛の手に掛かるならそれもいい。
そう思いながら、意識を失った事を覚えている。











けれど自分は生きていた。





最初に眼を開けた時、枕元に敦盛が座っていて。
悲痛な面持ちで、静かに手を握ってくれていた。



優しく、そっと。



ゆきを映すその眼は、苦しそうに曇っていて。
敦盛は謝罪の言葉を繰り返していた。
その分だけゆきは、気にしていないよと笑う。



何度も何度も。
そんなことで気が済むなら、幾らでも笑って抱き締めたいと思った。












「探せば道があるかもしれないのにっ‥‥‥!!!」


走りながら叫ぶ。

眼が熱いと思った時にはもう、涙が大量に溢れていた。









諦めないで

側にいて








そう願う反面で、分かっていた。

敦盛の性格からして、ずっと自分を責め続けるだろうと。



恋人の息の根を止める所だったのだ、そうやって自分を責めるのは当たり前。





だから、何度でも言うつもりでいたのに‥‥‥一生をかけてでも。






あのまま逃げて、彼を失わずに済んで良かったと。

後悔なんかしていない、決して。





何度でも、そう繰り返してあげるのに。














眼から零れる熱いもの。
視界が霞すんで邪魔するけれど、気にならなかった。




ただ、ひたすらに逃げたかった。











現実から。

 



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