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ただ、強い気の発生源を目指して走る。




敦盛の気。

だけど、いつもの彼とは決定的に違う。


ゆきが敦盛と出会った時にはもう、彼は怨霊だった。
‥‥既に、怨霊、だったのだ。

けれど、



(誰よりも、優しくて綺麗な心を持った人なの‥‥‥)



控え目で生真面目過ぎる程に真面目で、何処かで怨霊たる自分を責めている。


そんな彼から感じるのはいつも、海のような深い水気。


なのに今、ゆきの肌を突き刺すこれは‥‥‥






害意をもつ死者の気。






(敦盛くん!!待ってて!!)




何が引き金になったのか分からない。

でも、自分の成すべき事なら決まっている。



(敦盛くん待ってて!‥‥‥今、行くから)





彼がいなければ自分は

生きて、いられない。

















「皆を呼んで来て下さい」

「嫌です!!」



走りながら弁慶は端的に話す。
が、ゆきからは拒否の言葉が返って来た。


「君には何も」
「私が止めます!だから!」


横目でゆきを見ると、決して譲らないと強い眼で見返している。

例え弁慶が長刀で威そうとも、決して引かないであろう強い眼。




尤も、今はそんな悠長な時間などない。

仕方ない、と内心で嘆息しながら弁慶はゆきに話し掛けた。



「分かりました。でも僕達が着くまで、決して一人では動かないで下さい」



これだけは譲らない。



「はい!」



彼女の肯定。
弁慶はひとつ頷きを返すと、踵を返し更に速度を上げて走った。







ゆきは何も言わなかったが、弁慶には手にとる様に分かってしまった。
怨霊の気に敏感なゆきが怯えではなく、呆然とする原因は恐らく。



「敦盛くんか‥‥‥急がなければまずいな」



誰よりも敦盛を想うゆきは、きっと約束を守らない。
けれど、どんな事を威しを射掛けても、彼女は屈しないだろう。



紫苑の髪の少女は、すぐに見つかった。
幸いにも居合わせた八葉が数人。


‥‥‥弁慶の手短な言葉に、各々が得物を持つ。




怨霊相手に武器を手にするのは当然の事。
けれど、皆の空気が重い。

ゆきにはきっと辛い現実を見せてしまうのだろうと、思うと‥‥‥。



「時間がありません。行きましょう」


弁慶の一言がしんとした雪の静けさを破った。















「あ‥‥‥敦盛くん‥‥‥?」




以前、怨霊に変化した腕ならゆきは目撃した。



「敦盛くん、なの‥‥‥?」





そこにいるのは
ゆきの数倍もある、角の生えた‥‥‥怨霊。



「‥‥‥っ」




でも、彼は敦盛だった。
それが分かってしまったから、咄嗟に言葉が出ない。


怨霊が、驚愕に息を飲むゆきの気配に気付いた。
獣が放つ咆哮のように、彼が低い声で雄叫びを上げる。






来るな、と敦盛が叫んでいるように。
ゆきにはそう聞こえた。



「敦盛くん!!」




弾かれた様にゆきは走る。



(来るななんて言っても、無理だよ)



自分は決めているから。

何があっても止めるのは、自分だと。



近付いて、飛んだ。
そうしなければ高い位置にある首に、すがりつけないから。



「気付いて、お願い」




今やすっかり姿を変えてしまった。
虎の様に獰猛で、牛の様な角を持つ獣に。
咆哮は人外の声音で、意識を支配しているのは本能のみだろう。


そんなことは分かっている。




「でも、好きだよ」












『きっと愛の力だね!』
















愛の力ではどうにもならないかもしれない。





現に今、怨霊の‥‥‥敦盛の手はゆきの喉に掛かっている。


締め上げられる、呼吸。




「‥‥‥‥ぁっ‥」




強烈な力で、首を絞めるその眼に
自分はどう映っているのだろう。



薄れ行く意識が、そう思わせた。














‥‥‥ねぇ、敦盛くん。


あなたが好き。
何があっても好きなの。

だから、もし戻っても、
自分を責めないでね。














そう伝える手段を失った事を、最後の意識の中惜しむ。












駆け付けた望美達が見た物は



‥‥‥眼を覆いたくなる様な、現実。








20071225


 
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