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ゆきの眼からは雨とは違う透明な雫が後から後から溢れていて、頬を伝っていくのが見える。



滝の様な雨に全身ずぶ濡れになって。
着物の腕の部分は大きく裂けて、朱が飛び散っていて。

涙をぼろぼろと流すゆきは何よりも綺麗だと、敦盛は見惚れていた。




‥‥‥ゆっくり伸びた細い手が、敦盛の頬を包む。

泣きながら紅い眼を覗き込み、ゆきは笑った。



「‥‥‥好き。だから消えないで」

「だが」

「側にいる。私が敦盛くんの盾になる」

「‥‥‥ゆき。それは無理だ‥‥‥‥‥‥私は貴女を喪いたくないんだ。怨霊と化したこの手で‥‥‥‥‥‥」



ゆきに説明するように右手を挙げ掛けた敦盛は、そのまま固まった。
呆然とした敦盛を訝り視線を向けたゆきも然り。


「‥‥‥あれ?」

「何故‥‥‥」



いつの間にか、右手は滑らかな『人』のものになっていた。

ゆきがそっと手を伸ばし触れる。


「‥‥‥戻ってるね」

「ああ。今まではこんな事などなかったが‥‥‥」


すっかり毒気を抜かれて、敦盛は腕を捻ったり曲げたりしながら首を傾げている。

ゆきはゆきで、擦ったりぺちぺち叩いていた、が。


「ぷっ」

「‥‥‥ゆき?」


「あははははは!!おっかしー!!」


不意に腹を抱えて笑い出した目の前の少女に瞠目した。

ゆきは涙を流して笑い続ける。
いっそ転げそうな程の勢いだ。



敦盛は真剣に、考える。

もしかしたら、自分が付けてしまった傷から良からぬものが入ったのだろうか、と。








「大丈夫なのか‥?」

「うんうん、大丈夫!!」


ひと仕切り笑い終えたゆきが涙を拭く。

そして、心配そうな敦盛をみて‥‥‥屈託なく笑った。


「きっと愛の力だね!」




愛の力




敦盛はふと思い出す。


身を焼きそうな獣の衝動は、ゆきの腕を感じた瞬間に収まっていた。





『側にいる。敦盛くんが怨霊になっても、一緒にいる』




あの時、いけないと思いながらも、欲しいと望んだ。

満たされた気がしたのだ。
胸の奥で燻っていたものが。





「ああ、そうだな。ゆきの言葉が救ってくれた」


大真面目に頷く敦盛に、またゆきは笑う。

晴れやかな笑顔の訳は安堵と、それから‥‥‥


(敦盛くんは私を想ってくれていた。自分よりも)


互いが同じ様に互いを想い合えていた事への喜び。




敦盛は眩しいものを見るようにゆきに視線を向けたまま。




相変わらずの大雨。
けれど、ゆきの笑顔は快晴の陽溜まり。



「ゆき」

「なに?」



敦盛は両手で押し抱く様に、ゆきの腕を取った。
まだ紅い雫を滴らせている腕を。


「‥‥‥すまない。何よりも大切なものを、私は傷付けてしまった‥‥‥」

「いいよ、そんなの。舐めときゃ治るって‥‥‥‥ひゃあっ」


ふん、と将臣の真似をして鼻で笑うゆきは、次の瞬間素頓狂な声を上げる。


「あ、あ、敦盛くんっ!?」

「舐めて置けば治る、と言ったのはゆきだが‥‥‥」


あくまでも真顔のまま。
敦盛は再びゆきの腕を舐めた。


「や、やだちょっと‥‥‥」

「ゆき」



さっきとは違う、吹っ切れた様に名を呼ぶから。

顔を上げたゆきの頬に、敦盛は触れた。


「貴方が、好きだ。だけど‥‥‥」


ざぁざぁと雨は降るのに寒さを感じない程、互いが近い。




身体も、気持ちも。




「‥‥‥私は怨霊。いつか、別れる日が来る」

「うん。分かってる」



ゆきが寿命を迎えるか、敦盛が龍脈に還るか。
どちらが先か分からない。



「私達は重なり合わないけれど‥‥‥」

「うん」



どれほど共に居ても、怨霊との間に子を成す事も叶わない。



「それでも、私はゆきを諦める事など‥‥‥出来ない」

「‥‥‥うん。私も‥‥‥敦盛くんがいなくちゃ生きていけない、かも」



互いに小さく笑って、そして視線を絡め合う。
今はすっかり元の紫に戻った敦盛の眼を、愛しそうにゆきは見つめた。

敦盛の両手は、そんな彼女の頬をゆっくりと撫でる。


「敦盛くんが好きだから後悔しないよ。一緒に“生きよう”ね?」

「‥‥‥分かった。ゆきがいてくれるなら‥‥‥何があろうと諦めないと、約束する」



そして、触れた唇は一瞬だけ。

けれども互いを赤面させるには充分だった。



「も、戻ろっか!!」

「あ、ああ」










雨の中

手を繋いで。




確かめ合った恋うる想いと、
知ってしまった現実を



互いに抱えて。














翌朝、すっかり風邪を引いたゆきと枕元に座る敦盛。
いつもよりラブラブいちゃいちゃ度が増して居る事に、周りの全員が気付かずには居られなかった。











終わり

20071210


 
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