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「何もないの?ほんとに?」
「うん」
望美と朔が『信じられない』と言わんばかりに目を見開いている。
そんなに驚く事なのだろうか。ゆきは不思議に思った。
「キスも?」
「き、き、きすぅ!?な、ないよ!」
「望美、きすって?」
「接吻のこと」
朔の質問に簡潔に答えて、望美はゆきの肩をがっちり掴む。
「だって、あんなに毎日べたべたべたべた引っ付いているのに、敦盛さんまだ手を出してないの?」
「な、なんか敦盛くんを馬鹿にしてない?」
「そんなことないよ!」
「敦盛殿はよほどゆきが大切なのね」
朔は優しく微笑む。
「いいじゃない。すぐに手を出すような殿方より、ずっと誠実で素敵だわ。
もっとも、既に事を成し遂げていたなんて聞いたら優しく解体してあげようなんて考えていたけれど」
その心配はなかったみたいね。
と、笑う朔の背後が黒く見えるのは気のせいだろうか。
「でもさ〜、キス位はしたいよね、ゆきちゃん?」
「‥‥‥‥‥うん‥‥」
「姫君の答えが聞き取れねぇよ」
「しかし‥‥敦盛くん、よほどゆきさんが大切なんですね」
うっすらと笑う弁慶が、先程の朔の言葉を、嫌味のように繰り返す。
敦盛は聞いていなかった。
ゆきの声は小さかったけど、怨霊である敦盛には聞き取れたから。
温泉を出ると辺りはすっかり夜だった。空を埋める玉ような星々。
こんな夜は素直になれそうな気がする、と敦盛は思った。
疲れと眠気が相俟って、言葉少なに歩む一行。
宿に着き「おやすみなさい」とそれぞれ部屋に戻る。
「‥‥あ、あの、ゆき‥‥」
望美達に続いて部屋に戻ろうとしたら、敦盛に腕を掴まれた。
「どうしたの?敦盛くん?」
尋ねたゆきに、敦盛がぎこちなく腕を回した。鼻を掠める敦盛の匂い。
「敦盛くん?‥‥‥何か、あったの?」
いつもならこんなに強張って抱き締めてこないのに。
黙ったまま、腕の中で自分の事を心配している、ゆきを見ている。
『でもさ〜、キス位はしたいよね?』
『‥‥‥‥‥‥‥‥うん』
敦盛の頭から離れない、ゆきの寂しそうな声。
風呂上がりのしっとりした腕の中のゆき。
最愛の彼女。
夏の夜の熱気にあてられて、月明りの下で紅く色付いた、唇。
「敦盛くん?」
心臓があれば、激しく暴れているだろう。
目が、彼女の唇から、離れられない。
「‥‥‥!」
それは一瞬の出来事。
視界を何かが遮った、と思う間に、掠めるように触れた敦盛の唇が離れると、真っ赤な顔の敦盛。
茹でたように赤い顔した彼が、小さな声で「おやすみ」と言って全速力で中へと消えて行った。
残されたのは、静寂と
「‥‥‥‥‥っ‥‥‥」
唇が触れた場所を押さえてへたりこむ、真っ赤なゆき。
ドキドキした胸の高鳴りが、立ち上がる事を拒否してるようで‥‥‥‥‥‥しばらく、右の頬を、押さえていた。
終わり
20070803
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